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いまさらながら静岡の話

  • 2009-11-14 (土)

もうずいぶん前の話のように思えますが、静岡に行ってきました。11月1日~4日にかけて行われた大道芸ワールドカップです。ただし今回は純粋に観客としての参加。出演者だとほとんど他人の芸を見ることはできないのですが、今回はたっぷり堪能できました。一流の芸を見る、しかも「見比べる」という経験はとても大切なことだと再確認。

3日目の朝、たまたま2人のマジシャンが連続して演じるポイントがありました。一人目は大道芸で手品をするならまあだいたいこうならざる得ないかなというオーソドックスなネタをやり、二人目はステージショーでやるような本格的な演目をしました。たまたま隣にいたマジシャンの友人は後者を絶賛。確かにマジシャン的には訴えるものが多かったのでしょうが、僕はね、圧倒的に前者の方がよかったのです。

生卵を割ってハンチング帽の中に入れます。それを客の頭にかぶせる。見てる人はドキッとするのだけど、帽子を取ると卵は跡形もなく消えていて、客の頭も無事。

文章で書いてしまえば、それだけのネタ。特に目新しいものではないです。でもそのマジシャン、帽子をかぶせた後にハンカチを取り出して、客のこめかみの辺りをすっと拭う仕草をしたのです。

この動作。うまいと思った。

ただ帽子をかぶせ、それを取ったら卵が消えていましたなら「単なる不思議な現象」ですよね。それが「拭う」という動作が加わることで、なんていうのかな、人の想像力に卵の質感を生み出すのですよ。ネトネトの液体がこめかみをたらっと流れ落ちてくるときの「ぞくっ」となる感覚がふわっと沸く。ふわっと沸いた時点で、肌触りとか不快感とか、そういうものまでひっくるめて卵はそこにあるものになってしまうのです。帽子をとったとき「卵」だけでなく、卵に伴うそういう「感情」までもがすっきりと消えるように感じる。だから思わず手を叩いてしまいます。

日常的に人が何かを見て何かを感じるとき、その感情のすべてを外界の情報から得ているわけではなく、半分は想像力が担っているものだと思います。よい芸というのはその想像力の部分をきちんとコントロールしているんですね。こういうのは研究していくと面白いものができそうな気がする。

こういう部分に目がいってしまうのは、やはり今現在の僕の目指したい方向を反映しているんだとも思います。多分同じ芸を見ていても、人によって、あるいは過去の自分と今の自分で注目する部分はずいぶん変わってくるもので、人の芸を見ることはある意味最高のセルフカウンセリングです。

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