- 2009-08-26 (水)
例えばトイレに入ったときに
「トイレはきれいに使いましょう。」
って書いてあるのは僕は別になんとも思わないのですが
「いつもきれいに使っていただいてありがとうございます。」
って書かれていると、むちゃくちゃってほどではないですが、ほんの数ミリぐらいイラってします。
もちろんトイレをきれいに使うのは公共のマナーですし、僕も生暖かい液体が自分の足にはねて足首までスーと垂れてくるときのあの「ゾクッ」体験は出来る限り避けたいので、一滴たりとも外には飛び散らないように細心の注意を払っております。でもそうしようと考えてそれを行動に移すのは最終的に自分の選択でありたいわけ。その上での「ありがとう」なら「いえいえ、とんでもないです」になるんだけど、その自分の自由意志の部分にまで勝手に先回りさせるとなんか嫌な感じになるんですよね。
こないだも新幹線のアナウンスであったのは
ただいま車内では「おいしいホットコーヒー」を販売いたしております
ってやつ。これもすごく違和感を覚えるんです。さっきと同じで本当においしいのかどうかはともかく、それを決めるのはこっちにさせて欲しいの。
選挙戦も山場を迎えていますが、候補者の演説を聞いていてもこの手の言葉遣いが多いのが何か耳障りに感じる毎日です。
民主党の「ばら撒き政策」を皆さんはどう思いますか。
憲法の「改悪」を阻止しよう
わかんないんだけど、こういうのが聞き手側に「さりげなく印象をすり込ませるテクニック」とか思われてるとしたらすごく間違っていると思う。ちっともさりげなくないし、むしろそういう表現をされたとたん信用できなくなっちゃうところがあります。
本当に判断して欲しいところであれば、そこはニュートラルな表現をして欲しい。「民主党の政策」でいいし、「憲法の改変」でいい。そのうえでいかにそれが「ばらまき」であり、「悪」なのかを説得できるかが表現者としての腕の見せどころなんじゃないかって思うんだけどね。
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