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考えることについて考える

  • 2009-07-16 (木)

先日の日曜日、河合塾のイベントで「内田樹」という人の文化講演会がありました。タイトルは「脱、教育市場主義」だったかな。こんな小難しいタイトルにも関わらず200人入る教室は満員。恥ずかしながら僕はこの人がどういう人なのか全く知らなかったのですが、集まったほとんどの生徒もそんな感じでした。「内田、、、なんて読むの」みたいな会話があちこちで。ちなみに「たつる」だぞ。僕も5分前に知ったけど。

90分の話の内容に関しては一切触れず、1つだけ僕が確認したこと。僕は「文化人」と呼ばれる人全般がなんか苦手だ。なんかね、すごく怒られているみたいな気がしてくるの。自分の頭で考えろ、考えろ、さあ、白ですか黒ですか、ってすごい剣幕で迫ってくる感じ。

1つ誤解のないように書いておくと、僕は内田先生のような人は素晴らしいと思っていますよ。そういう人たちが僕たちが普段目を向けていない社会の諸問題対してきちんと考えてくれているおかげで、多くの矛盾をはらんだこの不完全な社会は多少なりともうまく機能してくれているんだと。例えば裁判員制度ですよ。この制度の問題を内田先生は鋭く突きます。「法律が一般の感覚と乖離している」ことがどうして「裁判員制度」を導入することにつながるのか。そこには論理的なつながりは全くないではないか。これほど重要な問題が、あなたの知らないところでいつの間にか決められ進められているんですよ。それについてあなたはどう思いますか。

うーん、それに対する僕の答えはね、

わかんない

気持ちいいくらい「わかんない」。あえて答えろと言うのなら、いいんじゃないの、なんか面白そうだから、ぐらいが精一杯です。その後小一時間説教ですね。自分の生活に関わる問題について、そんないい加減な考え方でどうする。挙句の果てにそれは思考停止だとまで言われかねない。

でもさ、ある意味それが普通じゃない。文化人ってよく「少し考えれば分かることです」みたいな言い回しをするんだけどさ、それはたくさんの知識によって裏打ちされているからであって、普通の人にとっては何をどう考えていいのか、その材料すらないし、それを仕入れる時間と労力もないわけ。そこに不自然に興味だけとってつけて、大学入試の小論文みたいな意見をでっち上げてもそれはかえって危険な気がするんですよね。この間の都議選の結果を見てても、実体のない興味がかえって社会を変な風にかき混ぜちゃってる部分は否定できないと思うのです。

自分の頭で考えることはすごく大切なことです。それは僕も100パーセント同意します。でもある問題に関する白か黒かの選択肢に「興味ありません」という項目もあっていいと思うのです。突然街中で「あなたは神を信じますか」って言われたら「すいません、ちょっと忙しいんで」ってなるのと同じように、「あなたは日の丸、君が代についてどう思いますか」って言われて、「すいません、今のところ特に何も」ってなるのはありでしょ。どちらも聞いている人にとっては切実な問題なんだろうけど、その辺の温度差は認めて欲しいのよ。

もっと言うとね、生活に関わることだからしっかり考えろと言うのも正論ですが、僕が人間をすごいと思うところは生活に一切関わらないことを真剣に考えることができることだとも思ってますから。

mixiのニュースランキングを見ててね、「都議選で民主党圧勝」のニュースなんかよりも「宇宙でセックスはできるか」の記事の方が上位になってたりするのをみるとすごく幸せな気分になります。わかるもん。どっちが考えて楽しいかって言ったら、断然「宇宙セックス」だかんね。まさしく2体問題。前後の概念はあるけど、上下の概念はなくなるな、とか。

こんなダメ大人が生きていける社会を心から感謝します。

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