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1Q84

  • 2009-06-07 (日)

何年かに一度訪れる村上春樹の新作に触れる至福の時間をゆっくりと味わっております。しかも、聞いてください。今回の物語の主人公は予備校の数学講師なんです。興奮して電車乗っている隣りの見ず知らずの人に「これ、僕、僕」って言いたくなりました。もちろん言ってませんが。

村上春樹を読むこと。それは他の誰の作品を読むこととも違う、僕にとってとても特別な体験です。一般的に言って他人の文章や作品の持つリズムは自分のリズムとは違うものなので、読書をするときにはわずかに寸法の異なる歯車を噛み合わせて動かしているような「軋み」を多かれ少なかれ感じるものだと思うのです。

でも僕にとって村上春樹はそういうストレスを驚くほど感じさせない作家ですね。音楽を聴くみたいに表現が自然にしみこんで広がってくる。内容はもちろんですが、読書体験自体がここまで心地よいと感じさせる作家はこの人だけだな。

うまく表現できないんだけど村上春樹の小説の登場人物が持つある種の達観のようなもの。例えば「喪失」って春樹さんの小説の主題としてたびたび登場するんだけれど、それを主人公が戸惑いながらも、ある段階ですとんと受け入れていくようなところに、僕はどうしてか分からないけどひどく憧れを感じるのです。たぶん自分にはできそうにないからだろうな。大事なものを失うかもしれないってとき、僕はたぶんそれを失いたくなくてジタバタかっこ悪くもがいてしまうと思うから。

村上春樹の小説の主人公の生き方や考え方が僕の心の中に雛型のようにあって、時々意地を張ったり一生懸命無理したりして、そこに自分を押し込められないかって格闘している。やせ我慢かもしれないけど、かっこよく生きるための理想があるってのは僕にとって幸せなことかもしれない。

Comments:3

サトリン 2009-06-08 (月) 03:45

数学って論理がとても重要ですよね?ということは、数学ができるということは、論理的思考を必要とする難解な読解も容易いのでしょうか?

さヤ 2009-06-08 (月) 10:19

もお読んだんですかあー><
ずるい!

かしてくださいよー^^

池田洋介 2009-06-21 (日) 20:16

また放置してしまいました。。。ごめんなさい。
メール通知の設定がおかしいのかな。

論理的読解か、、たぶん僕はそういうのは苦手ですね。

もちろんストーリー構成を組み立て、文章を書いていくという作業の中に、数学の問題を解き明かしていく時と全く同じような論理的思考は間違いなく存在していると思います。ただそれはそれを鑑賞する人に対して求められているものではないんじゃないかな。一つ一つのシーンの意味を深く考え、全体的なテーマを読み取る。そういう読書は目をキラキラさせながらページをめくっていくような読書体験とはまた少し違うものなんだと思います。音楽理論を研究することと、クラシック音楽を聴いてその素晴らしさを知ることがすこし違うように。

今回の作品を読み終わりましたが、僕はあと3回くらいは読みたいなって思いました。後半、天吾が滑り台の上で月を見るシーンが僕は好きです。それがどんな暗喩かなんて分からない。けど、好き。そういうもんだな。

続編を心より期待したいです。

さャちゃん、本ならいつでも貸してあげるので、たまには遊びにきなさい。

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