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歴史って結局なんなんだろう

  • 2009-05-19 (火)

三国志と言ったら子供の時にNHKで毎日やってた人形劇を思い出します。すごく印象に残っている場面はオープニング。1分くらいかけて砂が飛ばされていって「三国志」っていう文字が徐々に浮かび上がる所。

以上。

親が見ていたけど内容はちんぷんかんぷんでした。小学校低学年だったからね。亡霊が出たときだけやたり反応してたり。タイミングって大切だと思いますよ。あと3年放送時期が遅かったらひょっとしたら三国志の大ファンになっていた可能性はありますもんね。現実には未だに三国の国の名前すら知らない大人です。

ところでさ、映画「レッドクリフ」を見た身近の三国志ファンは決まってあの映画を酷評するんですよ。口をそろえて「あんなのは三国志じゃない」「脚色をつけすぎている」って熱い討論を繰り広げています。それを聞いて心の隅っこで僕が思ってるのは、でもその議論の前提にある「三国志」だって横山光輝や吉川英治によって脚色が加えられたものなんじゃないのかと。いや、もっと言うならさ、史実とされている歴史書だって結局誰かが書いてて、それをまた色々な人が書き写したりしているわけでしょ。その時点でどっからが事実かなんて疑わしいものになるじゃないですか。

「すべらない話」とか聞いてると、やっぱり人をひきつけるトークが出来る人ってね脚色がうまいのだと思うのです。話している内容が全くの嘘とは思いませんが、それを面白く話す段階で物事の順序関係を前後したり、実際には言っていないことを言ったことにしたり、少し誇張した表現をしたりする。正直このブログでも多少はそういうことはやっていますよ。

そんな風にさ、その時代その時代の影響力のある演出家が脚本を書き、それが伝えられていく中でさらに研鑽され、あるいは改変されて出来た壮大な「すべらない話」が今我々が「歴史」として伝え聞いているものなんじゃないだろうか。歴史を面白く語られれば語られるほどそういう思いがどうしても僕の中に残るんだよな。

10年前に起こった出来事ですら人の間で意見がぶれ、すでに輪郭がぼやけて見えるものでしょ。そのブレが1000年の間に積み重なったら「フィクション」と「ノンフィクション」の両極をすっぽり包み込むくらいの誤差になってるって。あまりに広い不確定性に頭がもわんとしてくる。

そういうことを考え出すと僕にはあんなふうに歴史について熱く議論することなんて無理に思えてくるのです。ちょっぴりうらやましくもあるんだけど。

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