- 2009-03-25 (水)
「危険ですので白線の内側までお下がりください。」
このアナウンスを聞きながらいつも考えることがあります。白線の「内側」は電車を待っている僕らにとってはプラットフォーム寄りを指すことになるけど、電車の運転手や乗客にとってはむしろ線路側になる。これって結局自分の立ち位置だけの問題なんだと。
例えば紙の上にマジックで丸い円を描いてみます。この線の「内側」がどちらかと問われれば多くの人は円に囲まれた部分を指差すはずです。しかし同じ絵を潜水艦の丸い窓を内部から見ている図だと想像してみたら。こんなちょっとした視点の切り替えで「内側」はたちまち「外側」に変わるでしょ。
内と外、裏と表、敵と味方、正義と悪。
世の中には一方を規定することでもう一方が規定されるものがあります。そして、そういうものはほんの少し軸足を動かすだけでまるっきり違った景色を見せてくれます。
天が動くのを見て、動いているのは自分だと主張したコペルニクス。実はもっと小さなコペルニクスが身近にいくらでもあって、僕等はそれに気付いていないんじゃないかな。
ときどきは鬼の立場で桃太郎を読んでみたり、魚の立場で世界地図を眺めてみたり、なんてのもいいですね。