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メタな視点

正直言って、最近ブログ書こうとすることが特に思い浮かばなくて困っています。ブログを始めたとき何があっても1週間以上間をあけないというゆるい目標を立てたのですが、最近気づくとそれに近い日数放置されていることがあって焦ることも多くなってきました。何かを書かなければいけない、でも本当に煮詰まってにっちもさっちもいかない、そういう状況を打開する方法が実は一つだけあります。

「何も書くことがない」ということを書く

ということ、僕が今現にやっていることです。いや正確には僕は今「「何も書くことがない」ということを書く」ことについて書いているのですが。あれ、となると僕はたった今「「「何も書くことがない」ということを書く」ということについて書いている」ということを書いていることに、、、きりがありませんね。こういう下手をすれば永遠にぐるぐる回ってしまう思考の入れ子構造を僕は「メタな視点」と呼ぶことにしています。ちょうど鏡に映った鏡を見ているような感じ。堂々巡りの無意味な言葉遊びに思えるかもしれませんが、この「メタな視点」は何かに行き詰ったときのブレークスルーを与えてくれたり、人をハッとさせる面白さの源になることがありますね。「夢から醒めた夢」「落書き禁止という落書き」「そんなドラマみたいなことが、、とかいうドラマ」。こういう発想、僕は割と好きです。

寺田寅彦のエッセイで「なんら世の中の役に立たず悪いことばかりしてきた死刑囚でも、その亡骸は解剖のために捧体され医学の進歩に貢献している。もし本当に役に立たないものがいたとしたら、それは役に立たない人を研究する人の資料となるだろう。役に立たない人でいることは不可能である」という記述を読んだことがあります。これもまた見事な「メタ視点」です。

最後に以前考えた小話。

「ドモホルンリンクルの人って大変だよね」
「どうして?」
「だって落ちてくる滴を一粒一粒じっと見てるんでしょう。絶対途中でさぼりたくなるって」
「大丈夫、その人がさぼらないようにじっと見張っている人がもう一人いるから」

ただし、割と飛び道具なので、頻繁には使えません。ってことはこのネタもう次からは使えないなあ。というネタを次に書けばいい、という(以下省略)

今日の一言
劇中劇中劇

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