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ドーナツライブ2008

京都大道芸倶楽部ジャグリングドーナツが毎年主催している舞台公演「Juggling Donuts live 2008」を見てきました。僕を含めた初期メンバーが2000年に立ち上げ、後輩たちに引き継がれて今年9年目を迎える全国的に有名なジャグリングの公演です。今年は自分の公演やら仕事やらで忙しく練習もリハも全く関わっていなかったので初めて見るお客さんの立場で純粋に楽しんできました。終演後はドーナツOBのちょっとした同窓会のようになってよいですね。

素晴らしい。これはもちろん嘘偽らざる本心ですが、ただこれだけの感想ならおそらくお客さんのアンケートに余すところなく書きつくされていると思うので、せっかくならやや厳しめの意見をいくつか。

パフォーマンス技術について、きちんと練習しているのが感じられるし、安心して見ることができるのはさすがです。ただややまとまりすぎている感じが否めないな。圧倒的な技術か、なるほどそう来たかと思わせるオリジナルなアイデア、そのどちらかが欲しい。この意味ではデビルスティックと二人組のシガーの演技がよかったです。デビルは技術、構成ともに世界で通用するレベルだと思うし、シガーボックスの使い方はなるほどと思わせるアイデアがありました。

舞台の設定やストーリーに工夫が見られるのはいいのですが、ストーリーがやや冗長で説明に感じられてしまう。多分こう持っていきたいんだろうなあというのが先に見えてしまい、それをただ丁寧になぞっているという印象。かえってストーリーがジャグリングショーのリズムを壊してしまっているのでは、と感じられる部分もありました。

すべてのディティールを形にすることが表現ではないと思います。3月に見た山本光洋さんの舞台、真冬に焚き火で暖をとっていた男がくべる薪がなくなり身の回りにあるものをつぎつぎに火に入れ、最後はとうとう自分の服まで脱いで火にくべてしまう、というシーンがありました。もちろん服を脱ぐシーンなどすべてマイムで表現します。ネクタイをはずし、シャツを脱ぎ、さあいよいよズボンを脱ぐというとき、光洋さんは両手を腰にあて腰をくねらすようにしてズボンを太もものあたりまで下げた後、すぐにズボンを火に放り投げる仕草をしたのです。これはディティールとしては当然おかしい。足を浮かせて足からズボンを抜く仕草がないとズボンは脱げるはずはないですからね。しかしこのシーンの可笑しさを表現するには畳み掛けるようなリズムこそ大切なわけで、そのために光洋さんはその部分のディティールをばっさり切り捨てたわけです。なるほどと唸ってしまいました。この絶妙なバランス感覚が光洋さんの表現者として卓越した部分なんですよね。

以前書いたように演出とは足し算ではなく引き算だと思います。その部分で最も伝えたいことはなんなのか、それを伝えるためには果たしてこの部分は必要か、もっとシンプルにできないか、そうやって削ぎ落としていく過程がなければならない。多分今の設定を今の半分の時間で伝えることは可能だと思いますよ。今回のライブの中でオーナーが登場し、棚の上を人差し指ですっとなでる、コックがあわててその部分を布巾で掃除するというシーンがあったでしょ。ああいうのはすごくいい。それだけでオーナーとコックの立場や性格がぱっと表現されてしまうから。この辺りをもっと研究して欲しいな。

いつも思うのですが、このライブが一般の観客をリピータとして取り込みながら動員数を増やし、採算ラインを維持しているのはものすごいことです。今後も成長するドーナツライブを期待しています。


今日の一言
ドーナツライブを超えるのはドーナツライブであって欲しい

Comments:1

イシマル 2008-05-24 (土) 11:19

最近読んだ本に、こんなことが書いてありました。


「象徴的な場面を抜き出して、前後の時間は観客の想像力に委ねる。」


時間的空間的に制約の多い演劇では、
ドラマや漫画とは異なる表現が必要とのこと。

そうか池田さんはそこを見ていたのか、と改めて一人納得しました。

できることは無数にある。
ドーナツライブはまだまだよくなりそうですね。

『演劇入門』 平田オリザ 1998年 講談社現代新書

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