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ランダムと公平

通勤の時はiPodに入っている曲をランダムに再生させて聴いています。1日に再生する曲は大体30曲くらい。一度再生した曲目はメモリーに残され同じ日に同じ曲を聴くことがないようになっていますが、メモリーは充電するたびにリセットされるため、次の日に再生するときには前の日と同じ曲がかかる可能性はあります。とは言え入っている曲は1000曲以上。確率的には2日連続で同じ曲を聴くことなどほとんどないといっていいはずです。

ところが経験上、あれ、この曲昨日も聞いたような、、ってことはかなり頻繁にあるのです。その頻度は明らかに偶然というレベルを超えている気がする。そうなると本当にiPodはランダムに曲を選んでいるのか疑問を感じないわけにはいきません。実は何らかの内部規則に則って曲を選んでいるため、特定の曲が再生されやすくなっているのじゃないだろうかと。

ここは数学講師らしく計算で確かめてみることにします。仮にiPodに入っている曲がちょうど1000曲であったとし、その中から毎日30曲ずつ無作為に抽出して再生したとして、前日と同じ曲が少なくとも1回再生されることはどのくらい起こりえるのか。簡単な確率の問題ですがはじき出される結果は実に驚くべきものになります。前日と同じ曲を聴いてしまう確率はなんと

60.45%

にわかには信じがたい結果です。「めったに起こらない」という当初の予想自体が完全に見当違い。むしろ起こるほうが当たり前だというのです。直観と現実のあまりの乖離に愕然としてしまいます。

このような錯覚が起るのはランダム、無作為という言葉に僕等がある種の「公平さ」を見ようとしてしまうからではないかと思います。実はこれは大きな勘違いなのです。例えばこんなシミュレーション。裁判員制度では国民の中から全く無作為に裁判員を選ぶことになっているといいます。仮に1000人の中から裁判員を10000回選ぶことになったとすれば、全員がまんべんなく10回前後選ばれることになる、というのが僕等の考える「公平」でしょう。もしある人が20回以上選ばれたり、逆にある人が1回しか選ばれていないことが起こるならば誰もがそれは「公平ではない」と思い、そこには何らかの人為が働いているのではないかと疑うはずです。ところが実際にそれをシミュレーションしたグラフは次のようなものになります。

20080501_01.gif

横軸が選ばれた回数、縦軸は人数を表しています。まさしく先に述べた不公平な偏りが完全な無作為によって生み出されてしまうことが分かるでしょう。自然の前に万人は平等だといいますが、その自然をつかさどる無作為とはいかに公平とかけ離れたものであることか。もしこのような偏りがない真に「公平」な状況が生まれたのならそれこそそこに必ずなんらかの人為が働いているとみるべきなのです。

真の「公平」や「平等」は人為なくしては生まれない。そこにこそ政治の果たす役割があると言えるのでしょうね。

今日の一言
自然は出来杉とのび太を同時に生む

Comments:1

池田洋介 2008-06-09 (月) 01:23

今日別のことを考えていた時にこの60.45%という確率が
1 - 1/e = 0.6321...
に極めて近いことに気がつきました。

eというのは微積分で登場するネイピア数
e = 2.71818...
です。

少し考えてこれが偶然でないことを知りました。

日常の事象に数学の世界の無理数が登場する。
数学というものの不思議に少し鳥肌の立つ思いがします。

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