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謝ることより許すことの方がはるかに難しいぞ

偶然なのか意図的なのか、同じ日に行われた朝青龍と亀田大毅の謝罪会見。ある意味想定通りの雰囲気だったわけですが、それを待ってましたといわんばかり、翌朝の情報番組はなかなかに盛り上がってましたね。普段ボクシングも相撲も絶対見てないだろうって感じの街角の人までが「これでは世間は納得しない」と怒り、識者は「謝り方ってのは本当に難しいことですよ」なんて得意げにコメント。人を追及するときの人の顔って実に生き生きとして見えます。

そもそも彼らはいつから「世間」に対して謝らなければいけなくなったんだろう。亀田の件だって当初マスコミの論調は「対戦相手の内藤に謝罪するべきだ」のはずだったでしょ。実際大毅も直接内藤に謝罪して、内藤自身がもうこれで決着したって幕を下ろそうとしてたよね。ところがそうなると今度は「ボクシングファンに謝罪しろ」、「説明責任を果たすべきだ」って声がどこからともなく出てくる。おいおい、これはいったい誰がどこで「もういいよ」って線を引くんだよ。

謝る理由は1つであっても、それを許さない理由はいくらでも見つけられる。それをあげつらっていくことで常に自分が優位な立場にいられるわけだ。そのうまみをみすみす捨て去るなんて到底できない。そういう追求する側のあざとさをどうしても感じてしまうのですよ。心のどっかで僕らはこの問題を決着させたくないと思っているはずなんだ。絶対に。だって対等な立場に立てば、朝青龍だって亀田だって一般人が逆立ちしたって太刀打ちできない人なんですから。彼らはそれ相応の努力をしているんだから当然のこと。

テレビでは毎日どこかで誰かが頭を下げ、それを見て優越感を感じる自分がいる。そしてその感覚が薄れていくより早くマスコミがまた別のターゲットを見つけてくれる。矛先を次々に変えながらいつの間にかそれを鞘に戻すことを忘れてしまっているよな。なるほど謝ることは難しい。でも許すことの方が僕らにとってはその100倍も難しいことなんじゃないだろうか。

今日の一言
謝罪会見はあれど、免罪会見はない

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