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情報の価値とは

スポーツ新聞や雑誌の芸能記事を読んでいるとその情報ソースが明らかに芸能人のテレビやラジオの番組中の発言であったり、芸能人本人のブログであったりすることが増えているように思うのですよ。例えば

「○○という番組の中で■■さんはこんな発言をした。」
「○○について、■■さんは自身のブログの中でこのように述べている。」

みたいなもの。それに何かの情報をプラスするでもなく、せいぜいあとは記者の憶測か感想を述べて記事を締めくくる。以前から多少はあったのかもしれないけど、最近特に目に付くようになってきました。

一般の人が直接手に入れることができる情報を元にそれを後追いしただけの記事を書くってのはプロとしては明らかに怠慢だし、主客転倒の感じもする。それなら僕だって書けるし、なんならもう少しうまく料理するよとか思っちゃうわけ。でも一方でどうしようもない面も多分にあるんだろうな。昔は記者会見を開いていたような重要な報告でも最近の芸能人はテレビ、ラジオやブログを通して直接一般の人に向かって公表してしまうケースが増えてますもんね。それがネット経由であっという間に広がり、それを見て初めて事を知る記者も多いんじゃないだろうか。

情報には価値があるといいますが、その価値というのはそれを知っている人と知らない人がいて初めて生じてくるものです。僕の高校時代の話ですが、ちょうど今のシーズンになると必ず学校にラジオを持ってくる奴がいました。彼は授業中に先生の目を盗みながら進行中の日本シリーズの試合解説をイヤホンで聞くのです。授業が終わるとみんな一斉にそいつのところに集まって試合の状況を確認します。クラスの中で唯一人最新の情報を持っている彼は間違いなくヒーローになれました。もし彼がその情報を100円で売るといったら、あるいはお金を払う人もいたかもしれません。情報が価値を生みだす分かりやすい構図がこれ。この価値は誰もが自分の携帯電話で簡単に試合の経過を知ることができる現代では絶対に生じ得ないものです。

昔は情報源も限られていたし、それが広がる経路も単純だったから、ちょうど川の水をダムで堰き止めるような感じでメディアが情報をうまくコントロールして二次的、三次的な価値を搾り出すような仕組みがあったんだと思う。そのダムが今いたるところで決壊していて、もはやメディアすら情報をコントロールできずそれに振り回されている時代なんですね。逆説的ですが情報化社会が進めば進むほど、情報の価値はどんどん無くなっていくものなのかもしれません。

今日の一言
メディアの役割はいまや情報の発信ではなく情報の集約である

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