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陸上競技の素晴らしいところ

なぞなぞを一つ。

みんなそれが始まることを心待ちにしているんだけど、いざ始まると一秒でも早くそれが終わることを望んでしまう競技ってなーんだ。

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答えは陸上のトラック競技。

世界陸上はテレビにかじり付きというほどではないですが、割と見てしまいました。ちなみに僕は中学生のときは陸上部。だからあの競技場の独特の雰囲気ってすごく良く分かります。広いフィールドでいろいろな種目が同時に行われるんだけど、これからスゴイ人がでるぞってときは誰も口にしなくてもなんとなく肌で分かるんですね。例えば跳躍競技で記録が期待できそうな人の試技になると会場中の空気が張り詰める。そういうのが好きだったなあ。

陸上競技のよさはなんてったってその分かりやすさ。あらゆる競技の中でこれほど勝敗がはっきりつくものはないですよね。より速く、より高く、より遠くへ行ったものが勝者。単純明快、解説なんて一切不要です。でもその勝敗の基準以上に分かりやすいものがもうひとつあるんだな。ある陸上選手がインタビューで言ってました。

「陸上競技の素晴らしいところは、失敗しても全部それが自分の責任になることだ」

分かる、その気持ち。

日本代表のサッカーを見てて、ゴールが目の前にあるんだから直接シュート打てよっていうシーンでも変なパスを出してチャンスをつぶしてしまっている (少なくとも素人の僕の目にはそう見える) ことがあるでしょ。自分がシュートを打ってゴールできる確率が20%という状況でパスという選択肢もあって、それでゴールが決まる確率が同じ20%だったとするとどうしてもそっちを選んじゃう心理が働くんでしょうね。そういうのって追うべき責任までパスしているように見えてすごくイライラする。同じ80%で失敗するのでも個人が責任を負う失敗のほうが見ているほうは吹っ切れるんです。

陸上競技は誰にもパスをすることができない。弱気になったって自信がなくたって自分がシュートするしかないんです。そう腹をくくったときの人間の姿ってなんか美しいな。やっているほうだってうまくいかなかったらとことん落ち込めるし、逆に成功したらその栄誉はすべて自分のものにできるのですよ。1人ってのはしんどいけど分かりやすい。

責任が導火線に火の点いた爆弾とばかりにぽいぽい投げ交わされている社会にあって、心からスカッとさせられる名言ですね。「陸上競技」の部分は「受験」や「大道芸」に置き換えても同じことがいえるんじゃないかな。そうであって欲しいね。

今日の一言
投てき競技って記録よりも落下地点にいる人に当たらないかにハラハラしてしまう

Comments:1

つっきー 2007-09-03 (月) 00:49

世界陸上、気がつくとチャンネルを合わせてます。

競技中の選手の体にも見とれちゃいます。
競技にあわせて鍛え上げた筋肉が、美しいです。

自分の身体には筋肉が見当たりません。

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