- 2007-08-21 (火)
- 発見
Aという行為によってBという現象が引き起こされるとき、AとBには因果関係があるといいます。Aが「因」でBが「果」。例えば太鼓をたたくと音がする、蛇口をひねると水が出るなんていうのはすべて因果関係ですね。
上の例では「因」と「果」が物理的に直接結びつくのでその関係を認識するのは簡単なのですが、では「リモコンのスイッチを押すとテレビの電源が入る」のような物理的なつながりが目に見えないものの因果関係を僕たちはどうやって認識するのでしょう。映画「ニューヨークの恋人」で過去からやってきた貴族出身の男が、現代人の部屋に一人残され、リモコンのスイッチを押すと突然ステレオから大音量の音楽が流れ始めて驚くというシーンがあります。しかし彼は数日でそのような機器を違和感なく使いこなせるようになるのです。実際我々が新しい電化製品の使い方を覚えていく過程もこんなものかもしれません。因果関係の認識には物理的なつながり以外にいくつかの法則があるように思えます。
1.時間的、空間的に近い因果関係は認識されやすい。
つまりある動作をした「直後」に「近い距離」で起こった出来事に対して我々は因果関係を認識してしまうのだということ。例えば何かのボタンを押した直後に近くの電灯が点いたらその2つの出来事の間に関係を見出すのは自然です。
2.合理性があるほど因果関係は認識されやすい
「ハンドルを右に回すと車が右に曲がる」「たくさん食べると太る」というような関係が認識しやすいのはその合理性によるところが大きいように思います。これが例えば「レバーを押すと車が右に曲がる」だったり、「食べれば食べるほどやせる」という因果関係ならその認識はずっと難しくなるはずです。
ひとつ非常に面白いのは上の1と2の法則を見比べたとき、より直観的な1の方が2よりも人の認識に与える影響が強いように思えることです。直観が理性的な判断を超えてしまうのですね。こういうところには必ず面白いエンタテイメントの種があります。昔のドリフのコントであったように、タンスの引き出しをばたんと閉めると、上の引き出しがばたんと開く、それを閉めると向こうの扉が開く、という一連の現象が続けざまに起こると、そこにあるはずのない因果関係を見てしまうでしょ。他にも僕が自分の芸の中でよく使っているように効果音にあわせて体の動きをつけると、その動作が音を鳴らした原因であるかのように錯覚してしまいます。そこに不思議な面白さ、笑いが生まれるのです。
今年の夏、予備校のイベントで「エンタテイメントの論理」という講演会(公演会?)をやってなかなか好評でした。「感性」では一流に到底及ばない僕はなんとか「論理」を武器にパフォーマンスを組み立てようとしています。それは日常にあるこのような面白さの種を摘み取り、分析し、自分なりの方法で発芽させていく作業です。
今日の一言
ドリフのコントは改めてみると意外とレベルが高い