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評価と基準

この時期になると1学期の授業アンケートの結果が予備校から送られてきます。講師にとってまさしく成績表みたいなものですね。

授業内容の満足度、板書の見やすさ、声のよさ、説明のわかりやすさなどの項目について、生徒が「よい」「普通」「悪い」の3段階で評価し、自分の担当授業ごとにその率が集計されてでてきます。たかが数字、されど講師にとってこれほど重たい数字はありません。この数字が(もちろんこれだけではないですが)来年度のコマ数やコマ単価に響いてくるのですからもう直接生活かかってるわけですね。まあ、わが道をいく僕にとってはこんな数字なんてこれっぽっちも関心ないですが、、なーんて格好つけたいところですが、実のところむちゃくちゃ気になりますねえ。毎回見るのが怖くもあり、楽しみでもある小市民です。

この授業アンケートを講師の評価材料として使うことに関しては否定的な意見をしばしば耳にします。生徒の「満足度」が必ずしも授業の質や講師の実力を映し出すものではないっていうもの。生徒の満足度を高めるだけなら、内容は乏しくても生徒受けのする派手な授業をすればいいじゃないかってね。それはもっともな意見だと思うのですが、では授業の質や講師の実力を反映できる絶対的な評価方法ってあるのでしょうか。これが難しいのは「よい授業」「よい講師」ってのはそもそも主観的な問題であるから。それを客観的な評価にしようとすればフィギュアスケートのように細かく基準を作る必要があります。授業のとき後ろに審査員がずらっと並んで、全部チェックしてんの。板書書き間違えたから-2点、いまちょっと噛んだから-1点、ギャグがすべったから-10点とか。審査員で意見の違うところはモニターで巻き戻しやスロー再生して協議したりもします。でですね、仮にその結果100点満点の授業がでたとしましょう。果たしてそれが万人にとって納得できるものかって言うとそうでもないと思うんだな。これはフィギュアスケートの演技の評価を見てても感じますよね。そりゃプロからみりゃすごいのかもしれないけど、素人目にはちっとも面白くないよ、なんてこと。アカデミー賞や芥川賞をとったという映画や本を鑑賞して、がっかりすることが多いのにも通じます。

本当に自分が楽しみたい本や映画を選ぶなら、僕はどこかの偉い人が書いた評論より、実際に作品を鑑賞した不特定多数の人によるレビューを参考にします。インターネット上で一般人の評価を集計するページはよくありますからね。そりゃ中には頓珍漢な評価もあるかもしれないけど、総体としてみればそちらの方がずっと信頼できる実感に即した情報が得られるように思えるのです。主観の総体ってのはどんな客観よりはるかに客観的なのかもしれないね。

授業アンケートも同じではないかな。やはり講師の評価は、その講師の授業を受けている生徒がするべきであり、それが一番信頼できるやり方だというのが僕の結論。そこを否定しちゃだめだろうと。僕が一方で身をおいているショービジネスの世界だって結局同じなんです。どんなショーも、それをみた観客がつまらないと言えば、それが如何に高尚なものだと言い張ったって、それはつまらないショーなのです。客が楽しんでくれるかくれないか、生徒が満足するかしないか、ただその一点。それ以外は学歴も年齢も服装もルックスも一切関係なし。そういう明快さが僕は好きなんだな。こういう業界が僕にとって居心地よく感じる理由です。

今日の川柳
授業には 出ない子ほど書く アンケート

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