- 2007-06-04 (月)
- しみじみ
僕は別にZARDの大ファンだったわけじゃないけど、ZARDの曲は僕の高校時代の記憶としっかり結びついてます。最も多感な時期が彼女の歌声によって彩られてる、僕の世代の人間ならきっと誰でもね。「負けないで」の曲を聴くと高校時代によく過ごした狭苦しく蒸し暑い夏の生徒会室の風景がなんとなく頭に浮かび上がってきます。
昔よく知っていた有名人が亡くなったというニュースを聞いたとき僕たちが感じるなんともいえない気持ちは、その人にもう二度と会うことはできないんだという悲しみ、というよりもむしろ、そのニュースを聞くまでその人のことを忘れていた自分に対する罪悪感なんじゃないかって気がする。その人はいつの間にか表舞台から姿を消していたはずなのにそのことに全く気付かないで、何変わらず日常を過ごしていた自分に愕然とするんだね。もちろんそれはそれで当たり前のことなんだけど。
死の原因についていろいろな憶測が飛び交っているんだろうけど、不慮の事故だって僕は信じたいですね。自殺を考えるのに3mって高さはいくらなんでも低すぎる。やはり足を滑らせたと考えるのが自然な気がするな。限りなく自殺に見える20mダイブで窪塚洋介は軽傷で助かり、限りなく事故のように見える3mの落下で坂井泉水は命を落とした。真相は誰にも分からないけど、人生ってつくづく皮肉にできてる。
今ZARDのアルバムは飛ぶように売れているらしいです。窪塚がダイブしたとき窪塚作品が再評価されることは決してなくて、むしろみんなサッて引いちゃったけど。でもこの2つのケースにおける違いはたった一つしかないんだよね。一方は生きていて、一方は死んでしまったってこと。死が作品に新しい命を吹き込むものだとしたら、これもまた悲しい皮肉だな。
今日の一言
マイケルジャクソンとジョンレノンの唯一の違いは生きているか死んでいるかだと思う。