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タイピングバイリンガル

1年くらい前にかなり思い切った試みを始めてみました。それは僕がこの文章を書いている今この瞬間にも大いに関係があります。実は日本語タイピングをパソコンを使い始めて以来今までずっと使っていた「ローマ字打ち」から「かな打ち」に変えてみたのです。「ローマ字打ち」のときはブラインドタッチは人並み以上に速い自信があったのですが、それを「かな打ち」に変えるというのは、達筆の人が鉛筆を利き手と反対の手に持ち替えて書くことを決心したようなもの。それはもうものすごいギャップです。

こんなことを始めようと思い立った動機はかな打ちだとタイピングの量が単純計算で半分になり、タイピング速度が格段に向上するからという実利的な理由、、ももちろんあるのですが、単に人がやっていないような目新しいことを始めてみたかっただけというのがホントのところかも。英語と日本語を喋れるバイリンガルは別に珍しくないけど、ローマ字打ちとかな打ちを同時に使いこなせる「タイピングバイリンガル」なんてそんなにいないでしょ(役に立たないし)。こんなばかばかしい動機で、下手をすれば作業効率を著しく低下させかねないことをやろうと思ってしまう、そんな自分がちょっと好き。

いや、しかしこの試みは結果的には予想以上に面白いものでした。ブラインドタッチが完全に身についてしまうと、文字を打つとき手をどう動かすかなんてほとんど考えてないでしょ。ある文字を打とうと思った意思が次の瞬間には画面上に文字を表示させている気分。その間にある手の動きは完全に無意識の動作になるんです。しかしタイピングの初期においては、ある文字を打とうとした後、キーの配置を頭に描き、どの指を動かそうかと考えるステップは必ずあります。ということはこの「意識的な動作」が「無意識の動作」に変わる端境期がタイピング習得のある段階にきっとあるはずなんです。これってすごく興味深い。

その境界が見え始めたのは練習を始めて半年くらいたったころだと思うのですが、「指を意識的に動かそうとしている自分」をふと忘れてしまう瞬間が訪れはじめます。自分の意識より一歩先に体が動いているような感覚。面白いのは無意識の自分がキーを叩いているときの方がタイピングの速度も正確さも格段に上なのです。僕は最初のころ何故か「さ」と「そ」のタイプをいつも間違えていて、この文字が来ると「どっちだ」と思わず身構えてしまっていたのですが、少しでも頭で考えようとすると必ず間違ったほうを選んでしまうのです。むしろ何も考えず打ったほうが正確。これは本当に不思議です。この頃から頭を空っぽにして、言わば「無意識に身をゆだねる」練習を始めました。タイピングをしながらわざと別のことを考えたり、音楽やラジオを聴いたり。このステップを越えた辺りからタイピングの速度は飛躍的に向上し始めました。

これって英語のヒアリングとも似てますね。始めのうちは単語の日本語訳や文構造を必死に聞こえてくる音に対応させながら言葉を聞き取るのですが、繰り返し繰り返し英語を聞いているとある段階でそのステップがそっくり抜けて英語が直接頭に届く感じを覚えます。まさに無意識のタイピングと同じ状態です。これは実は語学習得の大きなステップなわけで、ある程度英単語や英語の構文が頭に入った時点で、それらを一旦忘れ、無意識に英語の中に身をおくってことが大切になるのです。思うに日本の高校までの語学教育っていうのは英語を頭で「考える」トレーニングは一生懸命するんだけど、「考えない」トレーニングって全くしないのですね。例えば英語の力はある程度あるのに長文を読むのに時間がかかってしまうという生徒には、とりあえず今まで読んだことのある英文を頭で日本語訳をすることなくひたすら目から頭に流し込むというトレーニングが非常に有効です。

「考えるな、感じろ」というブルスリーの言葉はタイピングや語学学習にこそ有効な至言です。

今日の一言
「無意識」は意識化できる技術である

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