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トートロジー

循環論法、同語反復、常に真であるような命題のこと

「悪いことは悪い」なんていわれて、なるほどと納得してしまったら負けである。そんなのわざわざ言われなくても成り立つに決まっているではないか。「すべての白い犬は白い」と言っているようなものだ。「私は私の母親の子供です」と言っているようなものだ。この「成り立つに決まっていること」がトートロジーだ。数学の証明をしていて何時間も数式をこねくりまわした挙句やっと出た結論が最初の仮定と同じだっという悲劇は後を絶たない。そういうときは遠くの空を見ながら「数学なんて所詮トートロジーさ」とうそぶいてみるのもいいかもしれない。

まあ、どんなにかっこつけたところでトートロジーとは同じことの繰り返し、つまりは結局何も言っていないに等しい。にもかかわらず世の中にはなんとトートロジーがあふれていることか。路上詩人が色紙に「僕は僕なんだ!」とかもっともらしく書いて売っているが、それを喜んで買う人がいるのは世界七不思議のひとつだ。「合格できることをしたものが合格できるんだ」なんて予備校講師が自信満々に言うとなんかすごいことをいわれているような気がして納得してしまうのも何故だろうか。そう思うとトートロジーは意外とこの世界を動かしている。そんな気がする。