池田洋介日記帳
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2002年8月23日(金) スイミング
って、わけで突然の日記再開です。みなさま、お久しぶりです。

夏前半の超過密スケジュールが一段楽して、現在は夏休みを満喫しております。一日中好きなことができるってなんて幸せなのでしょう。っていってもとりわけ特別なことをしているわけではなく、練習したり、本屋さんをぶらぶらしたり、ビデオを借りてきて見たりというすごく普通の毎日。

5月くらいからスポーツジムに通い始めて最近は毎朝プールで泳ぐのが日課になっています。ジムに行き始めたころに一日1500m泳ぐという目標を立てて、まだちゃんと続いているから我ながらなかなかすごいなと。まだ人が少ない午前中にプールに行って、1つのコースをほぼ独占して延々と往復。基本的に泳ぐのは好きなのです。

泳いでいるときは無心になれるからいいのです。水の中ではすぐ近くでだれかがしゃべっている声でもどこか遠くから聞こえてくるように感じます。ありふれた日常のざわめきがまるで別の世界の出来事のように思えてくるのです。そういう切り離された感覚が水泳独特で、それがとても好きです。

ま、また細々と近況報告していきまする。それでは。
2002年8月24日(土) 陽のあたる坂道
陽のあたる坂道を 自転車で駆けのぼる
君と失くした想い出乗せて行くよ
最近「猫の恩返し」のCMでこのフレーズが繰り返し流れているので、すっかり頭にこびりついてしまいました。つい口ずさんでしまうキャッチャーでいいメロディーです。「つじあやの」さんはつい最近まで鴨川でウクレレ持って歌ってたっていうからなんとなく親しみも感じてしまいます。

ところでこの歌詞の中に登場する「陽のあたる坂道」っていうフレーズは最近「Do As Infinity」がヒットシングルのタイトルとして使ってましたね。すごく印象的な言葉なのですが、このフレーズを聞くと僕はどうしてもあの名曲を思い出してしまうのです。僕の知る限りこの言葉を最初に歌詞の中で使ったのはミスチルの桜井さんだもんね。(あくまで僕の知る限りなのでもし違ってたらごめんなさい)
陽のあたる坂道を のぼるその前に
またどこかで会えるといいな
こうあらためて見ると想像力をかきたてられる見事なフレーズだなって感じます。ぽかぽか陽気の坂道のようにもとれるし、夕暮れ時の寂しげな坂道のようにもとれる。桜井さんの歌詞には"死のイメージ"が含まれているっていうインタービューをどこかで読んだ記憶があります。そう思うとすごく深いです。今思ったけど歌詞の中に出てくる"坂道"って登っていることのほうがが多いですね。坂道を登りきるまでその先に何があるのか分からない、そういう期待や不安を暗示しているんでしょうね。あ、そういえばゆずの「夏色」の歌詞の中に

この長い長い下り坂を 君を自転車の後ろに乗せて
ブレーキいっぱい握りしめて ゆっくりゆっくり下っていく
ってのがあった。こっちは下ってるんだ。坂道を下るのは幸せや開放感の象徴。こんな解釈はどう??(こじつけかな)

ところでこのフレーズはひょっとして桜井さんが考えたのかなと思って今インターネットで「陽のあたる坂道」を調べてみたら。。でてきました。昭和33年4月15日に公開された日活映画のタイトル。うーん、あまりこれは見てみようとは思わんな。
2002年8月26日(月) 最近みた映画1
このところ暇な時はレンタルビデオ屋で映画を借りてきて見ることにしています。ちなみに僕がレンタルビデオ屋で映画を選ぶ基準は到って単純。過去に大ヒットしたり、後々まで話題になるなどそれなりの地位や名声を獲得している映画。ま、悪く言えば"安全圏の映画"です。もちろん見たこともないようなタイトルの映画を借りてみてみるという楽しみも分かるし、それでいい映画にめぐり合ったときの喜びも大きいのでしょうが、それにはやはり時間がかかるし、たくさんの"はずれ"もみなければならないわけで、1本の映画をみるのにかなりエネルギーを使う僕はやはりそういう安全な選択をしてしまうわけです。

それにね、世に"名作"と言われている映画にはやはりそれが名作と言われるだけの理由があるわけだし、時代を超えて愛される普遍性があるのです。それがなんなのかは興味があります。というわけでこの半年くらいの間に見た僕の中の名作映画を新旧ひとつずつ紹介。今日は1本目。

「Life is Beautiful」
おそらく僕が見た映画の中で5本の指に入るであろう映画です。かなり長い映画なのですが見終えた後、部屋の中で1人で拍手をしてしまいました。これほど感動したのは「The Sound of Music」以来。正直最初は全く期待をしていませんでした。戦争もの(特にナチもの)はそれほど好きではないし、どうせありふれた家族愛を謳ったものなんだろうなくらいの気持ちでみていたのですが、その予想は完全に裏切られました。

この映画は前半と後半に分けられると思います。前半の伏線とオチが小気味よく繰り返される展開はかなり好き。「そんな都合よく物事が運ぶわけないだろう」というつっこみすら1つの狙いなわけで、非現実的な設定をまさにノリとテンポのよさで見せてしまっているのです。これはすごいと思った。この部分だけで僕は十分満足だったのですが、後半は前半の軽快さが一転、ナチの収容所という重苦しい雰囲気に包まれてきます。そしてここからが見事なのです。なるほど前半のあのノリはこれを見せるための前フリだったのだと気づかされます。

この映画にはお説教くさい台詞も反戦のメッセージもありません。見ている人を一切泣かせようとしていない、むしろ全編を貫いているのは最初から変わらない軽いノリなのです。にも関わらず見終えたときにこみ上げてくる熱い感情はなんでしょう。「Life is Beautiful」なんていかにも大上段に構えたタイトルですが、見終えてなるほどこのタイトルこそこの映画に最もふさわしいものだと納得させられました。
2002年8月27日(火) 最近見た映画2
「雨に唄えば」
言わずとしてた名作ミュージカル。同名のミュージカルナンバーを歌いながら雨の中でタップダンスを踊るシーンはあまりに有名なのですが、どういう話かは全然知らないのでこの機会に借りてみてみました。素直によい映画と思える映画です。いや、正直予想をはるかにこえてよい映画だったので驚きました。

この映画を見ていて興味深いと感じたことは2つあります。1つはこの映画がアメリカの映画が無声からトーキーに変わっていった時代のハリウッドを舞台にしているところ。これは一大革命であったわけで当時の騒動は大変なものだったでしょう。いままでしゃべる必要がなかった役者が急にしゃべったり歌ったりしなければいけなくなったわけですから。そういう時代がコミカルなタッチで描かれています。

もう1つの非常に興味深い点は昔の映画事情をパロディーにしたこの映画自体がすでに現在から見て過去のものとなっているということです。ちょうどこの映画を作った人が過去のハリウッド事情を見ていたのと同じ視線で僕たちはこの映画を作った人たちを見ているというのはなかなか面白いものがあります。

現在のCGなどの特殊効果を駆使した映画に慣らされてしまった僕たちの目から見れば、当時の映画技術はお世辞にも素晴らしいとはいえないものです。背景なんてどう考えても壁に絵が書いてあるとしか思えないし。しかしそれでもこの映画が見ている人に訴えかけてくるものは圧倒的です。完成されたダンスや振り付け、一カット一カットに見る人を飽きさせないアイデアが満ち溢れていて想像力を刺激してくるのです。

こういうのを見ているとテクノロジーの進歩って芸術に何をもたらしているのだろうと思えてきます。例えばゲームの世界もどんどん進歩して映像や音声の技術は格段に向上したけれど、ファミコン時代の「スーパーマリオ」に匹敵するゲームってないじゃないですか。それとよく似ていますね。今の時代って情報が脳が処理できる限界を超えて入ってくるものだから、想像力が入る隙間がないのですよ。鑑賞の楽しみって本来はそこにあるものなのにね。

"どれだけたくさんのものを与えるか"ではなくて、"どれだけのものを与えどれだけのものを与えないか"、その絶妙なさじ加減に芸術が生まれてくるのですよ。
2002年8月28日(水) 最近見た映画3
「マルコビッチの穴」
見初めて15分くらいで「あ、この映画おもしろそう!」とぐんぐん引き込まれてしまいました。なんと言っても設定がユニーク。まるで星新一のショートショートにでてきそうな奇抜な展開で全く先が読めない!こんな変な映画ははじめて見ました。

特に序盤は僕のつぼを刺激するところがたっぷり。7と1/2階にある奇妙なフロアとか、全く話がかみ合わない受付の女の人とか、まともに話せるのに「言語障害」と言い出す社長とか、、そしてなんと言っても会社の戸棚の裏にあるマルコビッチの脳の中に通じる穴とか、久々に映画をみてドーパミン放出しました。これは僕の中でかなりの傑作になりそうな予感!!

ところが後半に入っての展開がいまいち。どう考えても最初の勢いがトーンダウンしている。オチもとってつけたような中途半端なものだし。。。無理矢理に穴の存在理由を説明しようとしたりしようとせずに、最後まで序盤のナンセンスさを通せばよかったのに。これほど素晴らしい設定を用意していながらその設定を十分生かしきれなかったという感が否めません。

ただアイデアに満ち溢れた映画であることは間違いなく、マルコビッチ自身がマルコビッチの穴に落ちたシーン、終盤のマルコビッチの穴の中で2人の女性が追いかけあうシーンは映像的にも秀逸。普通の映画に飽きた人は是非見てみてください。
2002年8月30日(金) 高校生
いまひょんな事から高校生にパントマイムを教えているのですが、年よりくさいのを覚悟で書かせてもらえば、高校生の若々しさはいいものです。とくにやりたいことをしているときのエネルギーは違いますね。僕も高校生のとき生徒会にいたのですが、3年生の最後の学園祭はこの子達のようになんか妙に燃えて、無我夢中でがんばってたなと懐かしく思い出しました。

そんな折、たまたまテレビをつけたら「高校生クイズ」をやっていました。ちなみに僕も10年前に挑戦して初戦敗退したほろ苦い記憶があります。(今書いててそんなに昔なんだとびっくりした。。。)今年はなんと決勝がオーストラリアで行われたということでこのクイズもかつての「ウルトラクイズ」なみのスケールになってきたんだなと驚いています。よく考えれば今の高校生の中にはかつての日本テレビの名物番組「ウルトラクイズ」の存在すら知らない人がいるかもしれません。あの番組のスケールの大きさと見るものに与えた感動は強烈で、特に僕が高校生のときに見た第12回、13回の放送はいまだにまぶたに浮かぶように覚えています。

で、今日久々に見て、あの頃の興奮と感動がよみがえってくるような気持ちになりました。作りこまれた設定ではあるのですが、それでも瞬間瞬間に切り取られる嘘偽りのない笑顔や涙はやっぱりいいのです。挑戦者が高校生だからなおさらいいんだろうね。

「ウルトラクイズ」が打ち切りになった理由なのですが、1つは海外旅行が珍しいことではなくなり、「アメリカ横断」がそれほど魅力的に映らなくなったこと、さらにはクイズ研究会などの台頭であまりに実力の差が開き過ぎてきて、いわばクイ研のための大会になってきたことなどがあるようです。この番組はごく普通のサラリーマンや主婦が1つの大きな夢を目指して戦い、その中で垣間見る数々の人間模様が魅力の1つだったわけで、そういう魅力がどんどん薄れていったのは残念なことです。

この高校生クイズも単に知力を競う番組ではなく、普通の高校生がみせる輝きをしっかりと映し出してみせる大会でこれからもありつづけて欲しいと心より願う次第なのです。
yosuke@juggling-donuts.org
 
 
 

Akiary v.0.42