池田洋介日記帳
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2002年1月1日(火) あけましておめでとうございます!
今年の初日記だよーん。(毎年お正月には何かやるたびに"初○○"というのが僕の中で流行ります)。

なんだかんだ言ってこの日は郵便受けを見に行くのが楽しみになってしまいます。どんなに離れていてもパソコンや携帯のメールで簡単にコミュニケーションが取れる時代、1枚の年賀状に何十分もかけて自分のために文章を書いてくれたその気持ちがうれしいのです。なーんて、いいながら僕はまだ全然書いてないのですけど。これから頑張って書きまーす。

懐かしい友達から年賀状が届いていました。
(へー、元気にやってるんだ)
高校の友達から子供の写真付の年賀状が届きました。
(見たくないっちゅーに。笑)
名古屋の田辺さんからかなりあやしい年賀状が届きました。
(相変わらず面白いおっちゃんです)
桃田さんの年賀状を削ったら、恋愛運が"期待できそう"って書いてました。
(ほっほ、それは期待してしまおう)

よーし、それじゃこれから初スターバックスに行って、初「本日のコーヒー」を飲みながらみんなに年賀状の返事を書くことにしようっと。
2002年1月2日(水) よいお年?
今日(っていうか昨日)年賀状を書いていてふと思った。年末によく言う
「よいお年を」
って何気なく使っているけど、どういう意味なんだろう。これって年が明けてから言ったら変なのかな。年賀状に書いてあるのをあんまり見たことはない気がするので、多分これは年末の挨拶なんですよね。だとすると
「よいお年を(お迎えください)」
というようにも取れるし
「(今年も残りわずかになった)よいお年を(過ごしてください。)」
という意味にも取れる。別に受け取り方次第では
「(これから始まる)よいお年を(過ごしてください)」
と新年の挨拶にも取れるわけです。

考えてみると日本語にはこのような大事なところをすっぱり切ってしまう、いわば言いっぱなしの挨拶が非常に多いです。例えば日常生活で最もよく使う挨拶の言葉、「こんにちは」「こんばんは」なんて漢字にすれば「今日は」「今晩は」ですよ。冷静に考えればこれほど何が言いたいのかわからない言葉もすごい。

まさに究極の言いっぱなし挨拶

こんな中途半端な言葉が挨拶としてまかり通ってしまうのは日本ぐらいかもね。何事にも白黒はっきりしたがる西洋人に会うたびに「Today is !」とか言ってたら、いらいらして発狂してしまうこと間違いなし。

省略して、敢えて受け取り手に解釈をゆだねる。それによって言葉に深みを持たせるのは日本人のお家芸なのかも。そう思うとなかなか味のある挨拶です。

みなさま、よいお年を。
2002年1月3日(木) 活気
お正月はひまだから日記もたびたび更新。

昔は"お正月"というとちょっと日常とは切り離された不思議な時間だったのです。どこかに行こうと思ってもどこにも行けないから、ぽけーとテレビを見たりして、ひたすら無駄に時間を食いつぶしていくことが合法的に認められていたのです。変な魔法にかけられたみたいな日々です。

ところが今日ちょっと四条に出てみてちょっとびっくり。もう人、人、人、でいつも以上の活気です。ほとんどの店が開いていて大繁盛。いつもがらがらのSubwayも列ができてるような状況でした。最近ちょっとカルチャーショックだったのですが、大晦日でもお正月でもなんとコンビニで"お金を下ろせてしまう”のです。平日なら手数料もかかりません。これで店だってほとんど開いてるんだから、全く普通の日と変わらないですね。時代の進歩はお正月の魔法も打ち消してしまう勢いなのです。

昔からお正月に暇を持て余していた僕としては、京都の活気あるお正月もなかなかお気に入りです。
2002年1月6日(日) Cats
ちょっと日記もお正月休みをしてました。

3日に劇団四季のミュージカル「Cats」を見てきました。いやいや、すごかった。ダンスも歌もホントに感動ものでした。大掛かりな内装や舞台装置にも驚かされました。

でもね、"世界に名だたる名作ミュージカル"という期待があまりに大きかったからかもしれませんけど、「その世界に知らず知らずに引き込まれて、全身鳥肌が立つような感動」とまではいかなかったのです。最後まで鑑賞している自分と舞台を別々に意識しながら、割と冷静に見てしまっていました。なんなんだろう。確かに演技も歌もダンスもすべてが一級品。でも感じてしまった違和感があるのです。

1つはやっぱり"日本語"の問題のような気がします。例えるなら映画の"タイタニック"や"アラジン"を日本語吹き替えで聞いているような感じ。ちなみに僕はこのミュージカルのオリジナルを見たことはありません。それでも同じような感じがしてしまったのです。こんなことを言うと身も蓋もなくなってしまうかもしれませんが、

日本語ってやっぱりミュージカルには向かないのでは?

って思ってしまいました。別に僕は英語を崇拝しているのでも日本語を卑下していっているのでもありません。例えば琵琶法師の「平家物語」の語り口を英語でやっても、あの心震わすリズムは生み出せないでしょう?俳句や短歌を英語で読んでも日本人が感じる本当の美しさは表現できないでしょ。同じようにミュージカルというスタイルが英語の文化の中で生まれたものである以上、それをそのまま日本語に移植しようとしたら違和感が生じるものではないのかしらん。

リズムに乗せにくい日本語の発音に関しては何度か日記でも書いたことがあるけど、日本語のもう1つの特徴である同音異義語の多さというのもミュージカルでは大きな欠点だと思いました。例えば「あらわれる」という言葉を聞いてもそれは「表れる」なのか「現れる」なのか「洗われる」なのかは文脈がないと分かりません。歌の文句を聞いていても、それを前後の文脈から正しく頭の中で変換しないと意味がわからないのです。歌で言葉を伝えるミュージカルにおいては聞いた瞬間にその意味がすんなりと頭に入ってこないのは大きな欠点です。今回はじめて見て、正直2割ぐらいは歌の意味がつかめませんでした。それが舞台に入り込めなかった1つの原因かも。これも言葉の問題があるんだろうけど、心の中でしばらく転がして楽しんでおけるような味わいが見終わった後に残らなかったんだな。正直なところ。

あと、一番気になったこと。これはミュージカル自体とは関係ないんだけど、休憩になった瞬間、前列の方に座っていた人が突然猛ダッシュを始めました。何をするのかと思ったら、舞台の上の役者の前にずらりと並んでサインをもらいにいくのです。え、、そんなのあり?って思った。これってよくやることなんですかね?ファンサービスというのも分からなくはないのですが、少なくとも舞台が終わるまではステージも役者も不可侵の存在であるべきではないですかね。そのあとそこでまた何事もなかったかのようにストーリーが続いていくのも変な感じでした。

まあ、いろいろ不満を書いてるみたいですが、最初にも書いたように基本的にはとっても楽しめたしお正月から素晴らしいものが見れて大満足です。さいさきのよい2002年のスタートです。また、機会があったら見に行きたいな。「オペラ座の怪人」を4月に見に行くのでこれも楽しみです。
2002年1月7日(月) ああ無情
今日はとっても悲しい事件がありました。

夜中にお腹がすいたのでちょっと寒かったのですがコンビニにお夜食を買いに出かけました。そこでひときわ目を引いたのがカップ麺コーナーにあった"カレーうどん"。うーん、なんて食欲をそそるパッケージ。迷わずそれを買って家に帰りました。

まずやかんに水を入れてお湯を沸かします。待ってる間にカップに粉末を入れて準備完了。カップにお湯を注ぐともう、おいしそうなカレーの匂いが漂いはじめます。あー、もうすぐ訪れる至福のとき。でもここで慌ててしまってはいけません。はやる気持ちを抑えながら3分間時計とにらめっこ。

で、ついに完成ー!もう僕のお腹はこれから食べるカレーうどんの期待でグーグーと音を立てています。そのとき、、、

事件は起こってしまったのです。

台所からその出来立てあつあつのカップを持って運ぼうとしたそのとき、持つ手がすべりました。時間が止まったかのように見えた、一瞬の出来事。あろうことかそのカレーうどんを台所の床の上にぶちまけてしまったのです。普段はとっても冷静で良識ある池田洋介26歳。このときばかりは思わず

絶叫してしまいました

ホントに泣きそう。。

かくしてついさっきまで僕の胃の中におさまるはずだった食べ物は、今ではすでに廃棄物以外の何ものでもなくなってしまい、僕は夜中の寒い台所で独り、自分の愚かさをさんざんののしりながら、空しい床掃除をすることになってしまったのです。

そんだけひどい目にあったにも関わらず、そのあとまた同じコンビニに同じカレーうどんを買いにいく自分。人間ってかなしいな。
2002年1月8日(火) いいような、悪いような
以前書いた某予備校に1月から始まる12回の講義シリーズを頼まれていたのですが、なんと受講生が集まらなかったというので直前になって急遽キャンセルになってしまった。おいおい、こっちだってそれにあわせてスケジュールを立てているんだから、それは困るんだなー。でもまあここは所詮バイトの身なのであまり強いことは言えず。

派遣の講師の仕事で怖いのはこういうことがあることなんだよね。シリーズ単位で講義を依頼されるので1つのシリーズが中止ということになると、ぶっちゃけた話20万円程度の収入がポンとなくなるということになります。

まあ、今のところそれでたちまち生活に困るというほどのことにはならないので、ドーナツライブに向けて練習できる時間が増えたと思えばよかったのかもしれないけど。僕の人生はなぜこんなにも綱渡りなのでしょう。。うう。
2002年1月9日(水) 池田洋介は暗躍している
もう何年も会っていなかった中学校時代の同級生の女の子からメールが届きました。数年前に結婚して、まだ子供を作らないで働いているとのこと。昔から男勝りの行動力を持っていた彼女らしいです。昔は散々いじめられたなと懐かしく思い出してしまいました。

それにしてもどうやってメールアドレスが分かったのか疑問だったのですが、文面からどうやら検索エンジンで「池田洋介」を検索したもよう。情報社会は長らくあっていない同級生もちゃんと結び付けてくれるのです。ためしに池田洋介を検索してみるとかなりの数がヒットしました。で、面白いのは当然その全てが自分のはずはなく、日本のどこかで活躍している「池田洋介」さんがたくさんいるのです。ちょっとこれは不思議な感じだね。

ある池田洋介は写真コンクールで金賞を獲得していたり、ある池田洋介は陸上の長距離の選手だったりして。全然知らない池田洋介の顔写真が掲載されているページがあったのは少し笑いました。何か自分の分身がたくさんいるみたいな変な気分。

みんなも試してみたら面白いかもよ。
2002年1月11日(金) にっきにんき
「かってにRanking」のドーナツWeb人気投票でこの日記をみんなが楽しみにして読んでくれていると分かって、日記ライターとしては結構うれしい気分。これからも頑張って書こうっと。

最近はコンビニで買い物をしたり、街を歩いていたりしても、「あ、これ日記に書いてみようかな。」とか考えることが多くなりました。軽度の"ネタ探し病"ですね。そのときは結構面白いと思ってても、パソコンの前に座るといざ書こうとすると、たいして面白くなかったりするのです。うーむ、難しい。新聞のコラムや四コマを書いている人ってすごいなって思いますね。

いつか過去の日記の人気投票なんてやって見たい気もするな。
2002年1月12日(土) 古墳
今日は大阪女子大学というところでお仕事でした。この大学はJRの「百舌鳥」という駅の近くにあります。駅名が読めない人のために言っておきましょう。これは「もず」と読むのです。はっはっは、知らなかった。天王寺で駅員に「あのー、百の舌の鳥って書く駅に行きたいんですけど、、、」とちょっと恥ずかしい聞き方をしてしまいました。

ところで百舌鳥駅から大学までは歩くのですが、担当の人から「駅を降りて西の方に歩いていただければ古墳のすぐ横にあります。」と説明を受けていました。確かに渡された地図を見ても駅のすぐ横には古墳が書いてあります。せいぜい2、3分歩けばつくだろうと思っていたのですが、驚いたことに歩けど歩けど大学はおろか、古墳らしきものもどこにも見えてこないのです。だんだん不安になりながら10分ほど歩いたあと、観光地によくあるような駐車場と観光案内板みたいなものが見えてきました。それに書いてある文字を読んである意味非常に納得。

仁徳天皇陵古墳

言わずと知れた

世界最大のお墓です

いやいや、中学校の時から教科書で知ってはいたけど、まさかこんなところでお目にかかるとは思いませんでした。ってことは僕が駅からずっと右手に見てきたこの小高い山のようなものは全部まるごと古墳だったってわけなのですね。驚きです。お釈迦様の手のひらの上で逃げ回っていた孫悟空みたいな気分ですよ。

それにしてもこんな馬鹿でかい墓をたった一人の人間のために作ってしまおうなんて考えた古代人はすごい。しかもこれ1つ作るのにかかる年月は当時の人間の寿命をはるかに超えていたわけでしょう。「墓」という概念をすでに超越してるって。作ってるうちに「ん、そもそも俺たちは一体何を作っているのだろう?」って分からなくなったりしなかったんだろうか?古代人のスケールのでかさは半端じゃないですね。

今の価値観で考えれば、こんな古墳なんて「時間と労力の究極の無駄遣い」でしかないのですが、そういう価値観を超越した古代人の魂は何千年もたった今を生きる僕たちにも何かを語りかけてくれるものです。緑がたくさんあって、今日みたいな天気のいい日にぶらぶら散歩するにはなかなかいい場所です。一度足を運んでみるといいですよ。
2002年1月13日(日) オーディション
今日はThe Poohのオーディションに行ってまいりました。

例によって、何かに人を巻き込むということにかけては右にでるものはいないますださんに誘われてたのです。おーい、いいのか。なんてったって僕は演劇の経験なんてはっきりいってゼロですよ。ゼロ。

とかなんとか言いながら結構快諾。何歳になっても新しいことをやってみるときのドキドキ感って素敵でしょ。チャレンジングスピリッツを失ってはいけないのです。

ダンスの振りをやらされたり、歌を歌わされたり。あと台本があって台詞を読まされて。小学生の国語の授業で朗読をさせられて、先生に「会話のところはもっと感情を込めて読みましょうね。」とか言われてた日々をちょっと懐かしく思い出しました(ホントそれ以来だよ、こんなことするの)。

もちろん思いっきり素人だったけど、やっててちょっと楽しかった。演劇にはまる人の気持ちも大道芸にはまる人の気持ちも根っこの部分は一緒だね。演じている自分と見ている人の距離がぐっと縮まったように感じる麻薬みたいな"瞬間"がきっとあるんだと思うのです。

ただあのとき撮っていたビデオは是非抹消していただきたい。多分池田洋介ジャグリングデビューのあの「伝説のビデオ」同様

「僕が一生のうちに最も見返したくないビデオベスト3」

には入るでしょう。うん、間違いなく(笑)。
2002年1月14日(月) 芸大
今日は一日中京都芸大の図書館に入り浸っていました。北白川バッティングセンターの近くにあるパルテノン神殿のような外見の建物。さすがに芸術大学だけあってレンタルビデオ屋さんではまず借りられない芸術、演劇関係のビデオがたくさん置いてあります。それをブースで無料でみることができるのです。とても快適。

今日の僕のお目当てはブロードウェイミュージカル「Cats」のビデオ。劇団四季の生のステージを見たあとにこのビデオを見ようと思って、いままで見ないでとっておいたのです。映像ではカメラワークに工夫が施されていたり、役者の細かい表情を見ることができてステージで見るのとは又違った楽しみがあります。この間劇団四季のステージを見てきたところだったので、日本語と英語の違いとか、演出の違いとかがはっきり分かってとても興味深かったです。

僕は何故か映画でも演劇でも最初に見たときより、2回目3回目に見たときのほうが感動することが多いのですが、今回も生で見たときと同じくらい感動してしまいました。猫の名前や個性がはっきり見えてくると味わいも深まりますね。歌はやっぱりオリジナルで聞くほうが数段いいな。ラム・タム・タガーの歌は英語のほうがはまります(かっこいい!)し、グリザベラが歌う「Memory」は本当に深い。

流れは基本的に一緒だったんだけど、ランパスキャットが犬の喧嘩を仲裁するシーンは劇団四季で見たときはなかったし、逆にガスの若かりし頃の海賊の決闘シーンはブロードウェイ版ではありませんでした。この辺は演出家が加えてるんだろうか??(正直どっちのシーンも僕はあまり好きではなかったけど、、、)。一番好きなのは最初のおばさん猫のシーン。音楽を聞くだけで楽しい気分になります。

結局こんな風に人によっていろんな味わい方ができるのがこのミュージカルがNo1と呼ばれる所以なのでしょうね。
2002年1月15日(火) さらだば
最近ルネのサラダバーにはまり中。1g=1円のやつね。

このサラダバーは多分3年位前からあるんだけど、最近になるまでほとんど利用したことがなかったのです。なぜかというと昔調子に乗ってフルーツ系を山ほど盛って、一皿400円くらい取られて、それ以来「サラダバーは高い!」っていうイメージが定着していたからなのです。

あの配列方法がなかなか卑怯なのですよ。最初は玉ねぎとかカイワレとかグラム単価が高そうなやつばかり並べといて、後の方にフルーツとかポテトとか重量系を持ってくる。思わずそれに惹かれて、勢い余って入れてしまうようにできているのです。あー、なんて巧妙な大人社会。そりゃ成人もマヨネーズをぶつけ合いたくなるよ。危うく騙されるところでした。

サラダバーを本当に野菜だけに利用すれば100円でもかなり食べられることが判明。なかなか野菜を取ることができない一人暮らしにとってはかなり重宝するのです。しかもいろんなドレッシングがあってどれを使うかとかがまた楽しみ。

ふふふ、明日は何にしようっかな。
2002年1月16日(水) 男女の埋められない溝についての考察
このことについてはいつか書いてやろうと思っていたのですが、Wセミナー大阪校が入っているビルの男子トイレにはすべてこんな張り紙が張っています。

「用を足すときは、もう一歩前へ!」

結構僕は仕事の関係でいろんな女子大に行くことが多いのですが、女子大の男子トイレでも実はこれと同じような張り紙をよく見かけるのです。おそらく掃除の事務員さんがつけたのだと思うのですが、まあ言わんとしていることは非常によく分かります。はい。

でもですね、この張り紙を見るたびに僕が思ってしまうのは、おそらくこのトイレを掃除している人も、そしてこの文章を書いた人も100%女性なんだろうなってことです。だってこの文章を書いた人は男性用の小便器の周りがいつも汚れているのをみて、「これは利用する人が離れたところから用を足しているに違いない!」って思っているってことでしょ。これは男性であれば絶対にでてこない発想なのです。断じて言いますが、離れたところから用を足すような人に僕はお目にかかったことがありません(笑)。

じゃあなんで外に飛び出すんだってことなのですが、うん、まあ、それはいろいろあるのですよ。その時の体調とか状態とか(うわっ)によって予想外のところにいってしまうことが。まあとにかくこれは使用法の問題というより男性の生理上の問題が大きいわけで、男性なら全員そのことは知っているはずでしょ。だからこの張り紙のような文章を書くのはそれを知らない女性しかないってこと。実に明快な推理です。女子大にこの張り紙が多いのもうなづけます。

ちなみに僕は未だにテレビコマーシャルでよく言っている「多い日も安心」とか「デリケートな部分のかゆみ」とかいう言葉の意味が理解できませんから。まさか聞くわけにもいかないしね(笑)。男女の間に決して理解されえない溝があるとすればこの辺なのです(ははは、なんちゅーまとめだ)。
2002年1月17日(木) 目覚し時計
最近仕事で朝早く起きることが多くなってきました。(まあ、朝早いといってもあくまで学生時間での朝早くですけど。。)

当然目覚し時計をかけて寝るのですが、最近この目覚し時計ですぐに目がさめないことが多くなってきました。ちなみに僕の目覚し時計のアラームはピピピという単調な電子音が1時間なりつづけるのです。でもどうやら最近このアラーム音に僕の体はすっかり免疫を作ってしまったみたい。

この間なんて目覚し時計をかけた時間のちょうど1時間後に目がさめたのです。つまりアラーム音が鳴り始めた時間ではなく、アラーム音が途切れた時間に。で、目がさめた本人は今までアラームがなっていたことに全く気づいていないのです。うーむ、不思議な現象。

最近は重要な用のときは携帯の目覚し時計もセットして2重体制です。
2002年1月19日(土) センター試験
センター試験の問題がインターネットに出てたので早速やってみました。予備校講師としての数少ない義務みたいなもので。

英語をやってみたのですが、まあ出題傾向としては僕の受けた8年前とほとんど変わってませんね。結構すらすらと解けたのですが、あとで採点してみたら172点(/200点)。あら、意外と間違ってるじゃないか。ははは。まあ、そんなんでもちゃんと河合塾のフェローは勤まっているからすごいね。(ちなみにこれでも現役で受けたときよりは高い得点だったりする。)

第5問の長文をやっていてその昔、カードマジックの英語の解説書を頑張って解読したときのことを思い出しました。マジックの技法の手の動きをほとんど挿絵のない英語の解説書から練習するのはまさにこの問題のように、頭で指の動きを想像しながらやっていくのです。だからIndex-Finger(人差し指)とかRing-Finger(薬指)なんていう単語はもうお手のものです。(第4指は日本語では薬を塗る指で、英語では指輪をはめる指っていう違いはちょっと面白いね。第2指は日本語でも英語でも指し示すための指なのです。)

受験英語ってあまり実用向けではないと非難されていますが、センター試験の問題は結構日常生活に即した問題が多いなって言うのが個人的感想。
2002年1月20日(日) サンプラー
今日は楽器屋に行って"サンプラー"なるものについてお勉強してきました。

楽器屋さんって何に使うのか全然分からないけどすごそうな機械がたくさん置いてあるでしょう。ギターを始めてからギターに関する機材(例えばアンプとかエフェクターとか)に関しては大体どういうことができるものなのかは分かってきたのですが、未だに謎のままだった機材があったのです。シンセサイザーなどのコーナーに置いてあるたくさんのボタンやつまみがついた箱のような装置。そうそれが"さんぷらー"という機械なのであります。

で、今日は思い切って店員にこの機械がどういうものなのかを聞いてみたのです。いつも思うけど楽器屋の店員の説明って専門用語が必要以上に多くてすごく分かりにくい!だから今日は僕が(分かった範囲で)噛み砕いて説明しましょう。

サンプラーとは分かりやすく言えば

"音を録音し、それを再生する装置"

です。おいおい、そんなのはテープレコーダーでもできるよ!と思ったでしょ。そうです、基本的にサンプラーとはレコーダーなのです。でもサンプラーとテープレコーダーの決定的な違いは

録音した複数の音をボタンに割り振り、ボタンを押した瞬間にその音を鳴らすことができる!

ということなのです。巻き戻しとか早送りとかする必要は全くありません。必要なときに必要な音が瞬間的に出せる装置なのです。もちろん複数の音を同時に鳴らすことも可能ですし、ループで再生することもできます。

そんなことができて何がうれしいの?って思うかもしれませんが、とってもうれしいのです。例えばドラムの1パターンをサンプラーに録音し、それをループで演奏させればあっという間にリズムトラックの完成です。さらに自分のギターやキーボードの演奏をサンプラーで取り込んで、一緒に鳴らせば一人アンサンブルの出来上がりとなります。複数のボタンにいろいろなメロディーを割り当てておけば、再生しながらボタン1つで自由自在にメロディーを変えることができます。ほーら、だんだんすごさが分かってきたでしょ。

この機械はダンスミュージックのサウンドなどを作るのにはなくてはならない道具で、もちろんその目的で作られたものなのですが、実はこの機械、音楽を作るという本来の目的とは"全く別の用途で"用いられることがとっても多いのです。僕が今日楽器屋に行ったのも実はこの"全く別の用途"が頭にあったからなのですが、それは何かというと

舞台効果音の再生装置

としての使い方。例えば仮面ライダーショーとかで、ジャンプしたり、敵をキックしたりする動作にあわせて「シュワッ」とか「ドガッ」とかいう音がなるでしょ。あれって演技する人が効果音にあわせているのではなくて、動作にあわせて音響さんが効果音を鳴らすのです。そのときにMDなんかだとボタンを押してから再生するまでの時間が微妙にあってタイミングを合わせるのはとっても難しい。でもサンプラーなら押した瞬間に音がなるから、そういうタイミングのずれを全く気にすることがないわけ。しかもボタンに音が割り振れるから、このボタンはジャンプ、このボタンはキックという風にしておけば完璧。なるほど、考えてみればこれほどこの目的にふさわしい装置はないのです。

店員さんに聞いたら、サンプラーを購入する人にはこちらの用途で使う人のほうが多いんだって。値段は安いもので3万〜4万円。ドーナツライブでも役に立ちそうだし、大道芸なんかにも使えそうだから、買ってみようかな。今月の財布に相談です。
2002年1月21日(月) デジタルとアナログ
デジタルという言葉を聞くと、僕は村上春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」という小説の中に書いてあった"つまようじ1本に1冊の辞書の内容をすべて刻む方法"についての話を思い出します。なるほどと思わせる面白い話だったのでかなり記憶に残っているのです。

細いつまようじに1字1字文字を書いていくわけではありません。どうするかというと辞書に書いてある文字をすべて数字に置き換えていくのです。例えばあ→001、い→002という具合です。それをすべて一列に並べると長い長い数列ができます。次にその数列の前に"0."をつけるとそれは0から1までの間の1つの少数を表します。例えばその数が
0.023043235878790923212459.....
だったとしたらつまようじの先端から"0.02304.."センチメートルのところにしるしを1つつけるのです。これで膨大な辞書の内容がつまようじ上にたった1つのしるしによって刻まれたというわけなのです。

もちろんこれはあくまで理論上の話なのですが、実際に現代社会ではつまようじよりももっと小さなチップの中に辞書何百冊の情報を詰め込むことが可能なのですから、もはやこの話は単なる机上の空論ではありませんよね。むしろデジタルの本質をついていると思います。

高校の生物の参考書を最近読んで知ったのですが、人間の神経細胞には"有か無かの法則"というものが存在するらしいのです。1つの神経細胞に刺激を与えてもある一定量以上の刺激を与えないとそれを刺激として感知せず、逆に一定量以上の刺激はすべて同じ量の刺激として感知するというものです。これは結構衝撃的事実でした。

これってまさにデジタルじゃないですか

極論すれば人間の体だって1つ1つの細胞では外部の刺激を2進法で処理しているのです。目で見る色だって、耳から聞こえる音だって、究極的にはすべてデジタル。だから"ゴッホのひまわり"や"ベートーベンの運命"や"懐かしいおふくろの味"や"切ない恋の傷跡"をつまようじに刻むことだって理論的には可能ってことなのです。

"デジタル技術"の究極的な目的地は"アナログ"なのですが、僕たちが言う"アナログ"とは実は究極的なデジタルなのです。ちょっと面白くない?
2002年1月23日(水) 想像の力
ネットサーフィンをしていて、ある音楽系のホームページにこんな文章を見つけました。3、4年前、まだ携帯の着メロが単音しか奏でることができないころに書かれた文章なのですが、要約すると

「最近、携帯の電話の着メロにヒット曲などを入れている人が多くなってきたが、あれは本当に聞くに堪えない。音楽とはいろいろな要素が加わってできる総合的なもので、メロディーだけを単音で抜き出して並べてもそれは全く違うものである。世間の人はどうしてあれを我慢できるのだろう。」

というような内容でした。

まあ、今は携帯の音源が当時と比べられないほどよくなっていますから、この人の不満も無事解消されたのでしょうが、おそらくこの文章を書いた人は"世間の人"よりもはるかに音楽的に鋭い感覚を持っている人です。しかしこの人はその繊細な感覚ゆえに、電車の中で携帯の音を聞くたびに不快な思いをしていたことになります。ふと思ったのですが

感覚が繊細であることは果たして人を幸福にするのでしょうか?

例えば味覚。ものすごく味覚の鋭い人はおそらくなべの中のスプーン1杯の塩味の違いすら見抜いてしまうことができるでしょう。普通の人なら何も考えず食べられるものの中に化学調味料の味を感じてしまうこともあるかもしれません。その味覚に関する繊細さのため、同じ物を食べて普通の人が「おいしい」と感じられるものでも、「まずい」と感じてしまうとすれば、果たしてこの人は幸せなのでしょうか?

感覚とはいわば"違いを見分ける才能"であります。ほんの少しの音の高さの違い、ほんの少しの色の違いを的確に見分けることは何かを鑑賞する上では非常に重要なことだと思います。でもこれはあくまで半分なのです。"鑑賞"においてもう1つなくてはならないものがあるとすれば、それは他でもない" 想像力" なのだと僕は思うのです。

"想像力"は感覚において足りない部分を補ってくれるものです。それだけでなく実際に目に見えるもの、耳から聞こえるもの以上のものをそこにプラスしてくれます。真っ暗闇の空間に言われない恐怖を感じてしまうのは何故でしょう。欧米人にとっては単なる雑音でしかない虫の音に日本人が情緒を感じるのはどうしてでしょう。タブーでしかなかった不快なフィードバック音にビートルズが音楽を見出すことができたのは何故でしょう。これってすべて"想像力"の賜物なのです。

外界のものをあまりに正確に捉えようとする感覚の鋭さがときに"想像力"の欠如を招いてしまうことがあるのかもしれません。単音の安っぽいメロディーを聞いたときに、それをあるがままに捕らえるのではなくて、想像の力でベースやドラムを鳴らし、頭の中で素敵な音楽を作ることができたら、最初の文章を書いた人もそれほど不快な思いをしないで済んだのかもしれませんね。

確かに言えること。

"想像力"が豊かな人は幸せな人です。
2002年1月26日(土) パソコンパワーアップ
ついにうちのパソコンをパワーアップしました。

CPUがPentium4の1.6GHz、メモリー512Mとなんと前回のパソコンの10倍以上の性能!すげー。音楽や映像系のソフトがさくさく動きます。感動です。

製品ではないのでOSのインストールから何から自分でやらなければならなかったのですが、パソコンの知識がありそうで実はほとんどない僕は当然組み立てやら初期設定やらを松田の協力のもと行ったわけです。やっぱりパソコンに詳しい人が近くにいることほど助かることはないです。多分あの作業、僕一人ではとてもできなかったね。

やっぱこういう作業、途中で何度かうまくいかないところがでてくるのです。「なんでやー」という感じになるのですが、地道にいろいろな試行錯誤をしていくとその原因が判ってくるものなのですよ。松田が数々の障害を一つ一つクリアしていく様子を、ただただ感心しながら呆然と眺めておりました。うーん、すげー、プロだ。

昨日の夕方4時に始めて、一通り終わったのが午前1時前。いやはや、とてつもない作業です。(ちなみにそのまま予備校の予習をして、朝早くから仕事にでかけ、そのあとドーナツライブのミーティング。。。ほとんど寝てないのです。)

というわけで今日は一通りいろんなソフトのインストール作業が終わって、新しいパソコンで初日記。心なしかちょっと字が賢そうでしょ。
2002年1月27日(日) 算数の問題
阪急電車の車内広告で算数の面白い問題が紹介されています。「四角い頭を丸くする」っていうコピーのやつ。昨日のドーナツの例会の後にその話が持ち上がりました。そしたら、でるわでるわ、たくさんの算数の問題をみんなが引っ張り出してきて、2時間くらい異様に盛り上がりました。さすがは京大生というべきか、さすがはジャグラーというべきか。でもなかなか楽しかったです。

いっぱい面白い問題が出てきたので、せっかくだから忘れないようにここに書いておきます。
最初の2問は車内広告にあった問題です。

問1:斜線部分の面積の差は半円の面積の何分の1ですか?


問2:半径6cmの円に、半径3cmの円の穴をあけた下のような板を、糸でつるしてABが水平になるようにつり合わせます。このとき支点Pと円の中心Oの長さは何cmですか。


問3:方眼紙上の2直線のなす角度θを求めなさい。


問4:
西暦2000年1月1日に12歳になる人がいます。
この人が100歳まで生きるとして、西暦がこの人の年齢で割り切れる年は何回やってきますか。

問5:下のようなデジタル時計があります。0:00から11:59の間で鏡に映しても全く同じ時刻になるような最後の時刻は何時何分ですか。(ヒント/11:11ではありません。)


問6:8マス×8マスのチェス板から下図のように左上と右下の隅のマスを取り除きます。残り62マスに1マス×2マスの長方形のタイルを隙間なく敷き詰めることは可能ですか?


問7:1辺が2cmの正三角形があります。この正三角形の内部に5つの点を置くとき、どのような置き方をしても距離が1cmより小さくなる2点が存在することを証明しなさい。


問8:正三角形ABCの周または内部の好きな場所にノミをおきます。このノミは1秒後にA、B、Cいずれかの頂点を選んで、その頂点と自分自身のいる場所を結ぶ線分の中点にジャンプして移動します。これをノミが無限回繰り返すとき、ノミの着地点としてありえない点の集合はどのような図形になりますか。


どうぞ楽しんでください。
(ちなみにすべて算数の知識で解けますのでご安心を)
2002年1月28日(月) すごい世界
今日は藤川さんの研究室で一日中作業です。現在午後11時44分。もうすぐ明日になりそうな勢いです。

それにしても京大生でもないのに最近は我が物顔でこの研究室に出入りして、高価な機材を使いたい放題。何百万もするような機器がいたるところに置いてあります。最近ようやく気付きはじめたのですが、この研究室ってものすごいとこかも。日本を代表するインターネットの権威がうろうろしているようなとこですから。今日も僕の作業をしている横で、プロジェクトチームみたいな人たちが数台のパソコンを使いながら、難しい話をしているのです。その内容は全く理解できないのですが、間違いなくここでは日本のITの未来が作られつつあります。

こういうところいてると日常の感覚がはっきりいって麻痺してきます。今日もパソコンのハードディスクが足りなくなったので、藤川さんに恐る恐る

「すいません、ハードディスク余ってませんかね」

って聞いたら

「あ、その辺に100GのHDDが積んであるから、適当にとって使っていいよ

と平然と言われてしまいました。見たらダンボール箱の中に1個2,3万するハードディスクが山のように、、。この研究室ではハードディスクはT(テラ)単位で注文するらしいです。

あー、持って帰りたい。。。
2002年1月30日(水) n角形問題解答−補足
松田の説明で数学的には正しいのですが、せっかくですからこの問題の持つパズル的な側面に注目して解答してみましょう。以下は小学生向けにこの問題を説明するときの教案です。

問題はこちら

この問題の面白いところは"一見複雑に見える問題"も発想を変えることで"小学生でも理解できる簡単な考え"に帰着できてしまうことです。ここが算数の面白さなのですから、やはりこの問題の解説ではしっかり強調したいところです。

まず問題のような設定でどのような状況が生まれるのかをイメージさせます。例えば6人が丸いグランドに等間隔に並び、一斉に前にいる人を同じ速さで追いかけたとします。このとき6人は円の中心に引き寄せられるように進み、最終的に全員が円の中心に集まります。



上から見ると正6角形が回転しながら円の中心に向かって潰れていっているというイメージです。まずこのことをしっかりと理解させます。

さて求めるのは6人が中心でぶつかるまでに進む"距離"です。しかしその軌跡は複雑な曲線になってしまいますから、この長さを求めるのはとても無理そうです。さて、ここでの発想の転換がこの問題の一番のポイントであり、問題の本質です。だから黒板に黄色い文字で書きます!

"進む距離ではなく、進む時間に注目する"

よくよく下の図を見てみましょう。6人は複雑な動きをしているように見えますが、実は円の中心に向かって同じ速度で進んでいるのです。



この場合速さを1とすれば中心に向かう速さは1/2です。もし円の半径を1とすると円の中心まで達する時間は

1÷1/2= 2

です。この間ずっと1の速さで進み続けたのですから進んだ距離は

1×2= 2

ということになるのです。

もし文字を使うことができるなら、速さをv、半径をaとおけば
円の中心まで達する時間は

a÷(v/2) = 2a/v

進む距離は

v×(2a/v) = 2a

となり進む距離は速さに関係ないことも納得できるのです。
高校生なら一般的には進む距離が

a/cosφ

になることも同じ方法で理解させることができます。

繰り返すと"進んだ距離が分かりにくいときは、進んだ時間に注目しなさい"という巧妙な発想の転換がエレガントな解答を生み出したわけです。これこそ算数の面白さですね。最後に例題として下のような問題をやらせれば授業としてはばっちりでしょう。

【問題1】
次郎君が砂漠を歩いていると前方にピラミッドが見えました。このピラミッドにまっすぐ歩いていくのはつまらないので、次郎君は右手を時計の2時の方向に伸ばし、常にこの右手の先にピラミッドがくるようにしながら歩いていくことにしました。次郎君はまっすぐ歩いたときに比べて何倍の距離を歩かなければなりませんか?

【問題2】
太郎君がポチをつれて散歩をしていると、100m前方からお父さんがこちらに向かって歩いてくる姿が見えました。ポチは喜んでお父さんの方に走り出しました。ポチはお父さんに出会うとすぐに向きを変え、太郎君の方に走り出します。このようにポチはお父さんと太郎君が出会うまで、休むことなく二人の間を往復しつづけます。今お父さんの歩く速さを毎秒2m、太郎君の歩く速さを毎秒3m、ポチの走る速さを毎秒10mとするとお父さんと太郎君が出会うまでにポチが走る距離を求めなさい。
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Akiary v.0.42