池田洋介日記帳
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2001年9月2日(日) 独り言いろいろ
ミュージカルキャッツの追加公演が決定。劇団四季のやってるやつ。うん、これはぜひ見たい。キャッツはロンドンでの連続上演記録がギネスブックにも載っているほどのロングランミュージカル(確か)。内容は正直全く知らないのです、、がさしずめ自分の親をクマに殺された一人ぼっちの猫が野良猫の集団にもまれながらも、ついには野良猫たちの心をつかみ、みんなでそのクマに復讐を果たすとか、少年と3000マイルくらい旅をして最後に母親にめぐり合うとか、街まで手袋を買いに行くとか、そんなところではないかと思っています。いや、余計な突っ込みはいりません。それより僕たちがつっこまなければならないのはキャッツのポスターの真中にいる奴のはずです。
<-こいつ
っていうか、

おまえはすでに猫じゃねえよ。

もはやデビルマンかなんかの領域に入っていませんか?

日曜日によく特命リサーチ200Xという番組を見ます。実際に起こった不可解な事件を単に紹介するだけでなく、それに科学的な目を向けて解決していこうとする番組で、論理的な話の展開は非常に見ごたえがあります。ファーイーストリサーチという組織を作り上げ、ストーリー仕立てで話が進んでいくところもユニークですね。ところで近ごろとっても気になっているのですが、数々の難事件を見事解決してきた天下のファーイーストリサーチがここ最近扱った主な事件。「1日5分でできるダイエット方法」「ビールの美味しい飲み方」「蚊にさされないようにするにはどうすればいいか」、、、おーいちょっと待て。あえて言おう。

ちかごろ「あるある大事典」になってきていませんか?

そんな巨大な組織力を使えるならもっとおまえにはやらなければならないことがあるだろう。頼むぜ。

僕の家には2000円くらいで買った安物の扇風機があるのですが、まあだいたいどの扇風機にも弱・中・強の3つのボタンがあるよね。で、僕は前前からずーと、ずーと扇風機会社に言いたかったのですが

扇風機の"強"、あまりに強すぎだろう!

僕は未だかつて扇風機の強のボタンが通常の目的でおされるのを見たことがありません。せいぜい、扇風機に口を近づけて「あー」という声が震えるのを楽しむくらいの利用価値しか知りません。ん、ひょっとしてそのためにあるのかな?

以上、独り言のような文章でした。
2001年9月5日(水) さよなら、びわ湖タワー
滋賀県の堅田にびわ湖タワーという遊園地があります。正確には"ありました"というべきでしょうか。というのも実はこの8月をもってこの遊園地は閉鎖されてしまったからなのです。遊園地の閉鎖というのはよくニュースで聞く話なのですが、その言葉の響きにはどこかやるせない物悲しさが漂うのは何故でしょうか。それがかつて自分が何度も行った事のある思い出がたくさんつまった場所だとしたら尚更そうなのですよ。

この遊園地のシンボルは"世界最大"と謳った巨大な観覧車でした。といってももちろん今となっては"世界最大"なんてギャグとしか思えない売り文句なのですが、出来た当時は間違いなくそうだったのです。次々に他の遊園地に記録を塗り替えられて仕方なく世界最大"級"と宣伝文句を変えてかれこれ10年くらいそのままです。この観覧車の名前が"イーゴス"。この名前の由来が「すごーい」を逆にしただけというのは滋賀県人が最も隠そうとしている恥ずかしい事実の1つです。

この遊園地、このイーゴスに始まり、良くも悪くも絵に描いたような滋賀県的要素満載、まさにネタの宝庫です。おそらくこの遊園地で一日遊ベば、突込みどころを23箇所くらいは見つけることができるでしょう。根本的なところで言えば"びわ湖タワー"と銘打っておきながら、タワーがしょぼいです。しょぼすぎです。多分来園者の8割は目にすら入っていない代物です。忍者屋敷。はっきり言わせてもらえば無理矢理つけたような回転扉がなければただの古びた家です。ゴーカートに乗って進むお化け屋敷。時代の遺物みたいなカラクリ仕掛けのお化けが微笑を誘います。それより木製のぎしぎしきしむ乗り物にのせられ、無事元の場所に戻れるのかのほうがよっぽど怖い気がします。その他にも遊園地なのに何故か金魚すくいがあったり、どうみても版権なんかとってない似ても似つかないミッキーマウスの看板があったりと細かいところでもサービス精神旺盛なのです。

でもね、でもね、なんだかんだ言っても、散々馬鹿にしても、結局僕はその雰囲気が大好きだったんだな。思い出というものを人は場所に刻んでいくものだとしたら、この遊園地には僕のたくさんのかけがえのない思い出が刻まれています。高校時代友達と初めて遊びに来た思い出もそう。彼女との初めてのドライブで来たときの思い出もそう。お化け屋敷に入ってブルーになったり、ちょっとドキドキしながら観覧車に乗ったり。うーん、あの時は若くて結構がんばってたのだね。ははは。

正直閉鎖のニュースを聞くまでそんな思い出はすっかり忘れていました。考えてみればもう5年近くその遊園地には行ってないんだよね。そんな自分が今更遊園地を壊さないでなんていうのは身勝手でしかないわけですが、分かっていても寂しい気持ちになっているのは自分の記憶がその遊園地とともに消えてしまうような気がするからでしょうか。僕がその遊園地に思い出を刻んだように、その場所に作られる新しい建物がまたたくさんの人の思い出を作っていく事になるのでしょう。それが時代の流れというものなのなら、黙って見守るしかないのですよね。

たくさんの人の記憶を抱きしめたまま今も静かに解体を待っている巨大観覧車。ちょっぴり絵になる光景にせめて密かなノスタルジアを感じてみるのも悪くないものです。
2001年9月6日(木) 完成シリーズ
今日から河合塾の完成シリーズがスタートしました。なんとこのシリーズから河合塾の京都校に勤務する事になりました。人気の高い京都校でしかもレギュラー。時間も増えて事実上の栄転なのです。しかも素晴らしい事になーんと、僕の住んでいるところから自転車で3分くらいのところ。いままでは何時間もかけて通勤していたのが当たり前だったのでこの距離感はとても新鮮です。仕事終わって、その5分後には家でくつろげるんだもんね。感激。

でもいいことばかりではないことに気付きました。今日が僕の初出勤の日だったので、京都校の構造や事務的な事など分からない事を事務室のフェロー担当のお姉さんに根掘り葉掘り教わったのです。ようやくやるべきことが分かり一安心と思ったときにそのお姉さんが恐ろしい事を口にしました。

「あの、実は私、先生を見たことがあるんですけど、、、」

う、、いやな予感。とちょっと思いつつも、どこで見たんですか?っと聞いてみました。

「確か京大の学園祭で大道芸やっておられましたよね、、、」

どひゃーーん

まったく不意打ちでした。どうやら去年のNFで僕を見て、しかも写真まで一緒に取ったらしいよ。全然覚えてねー。

でも考えてみれば同じ京都市内。そんなことがあっても全然不思議じゃないのですね。しかも京大関係者もこの予備校にはかなり多いでしょうからどこで見られているか分かったもんじゃないね。僕の行動範囲も河合塾から近いから、そのうち生徒から「たしか先生この間マクドナルドで半額のチキンタツタをおいしそうに食べてましたよね。しかも2個も。」とか言われるかもしれないじゃないですか。怖い、怖すぎる。

下手な行動をしないようにしなければ。
2001年9月14日(金) ニューヨークの惨事
美しいものを作り上げるのも人間であれば、美しいものを破壊したいという衝動に駆られるのも人間の本性です。それは認めなければなりません。だから映画の中で何度ゴジラが東京タワーを壊し、どんなにビルをめちゃくちゃに破壊しても、人はそれに興奮し拍手するのです。しかしそこには常に"これはフィクションであり、実際に起こっていることではない。なおかつこの先も絶対に起こることではない"という安心感がありました。

しかしその信念が根底から覆される事件でした。僕が20年前に生まれていて、ジョンレノン暗殺のニュースを聞いたとしても、これほどの衝撃を受けたかどうかは分からないですね。それほどショッキングな映像が毎日テレビ画面を賑わしています。不謹慎を承知で言わさせてもらえば映像的には残酷なほど完成されているのです。歴史上これほど見事に破壊を演出したテロはおそらくなかったでしょう。まるでナイフのようにビルを切り裂く飛行機、全世界に中継された衝突と爆発、跡形もなく崩れ去る巨大ビル。もしこれが映画のワーンシーンであったなら、おそらく誰もが感嘆の声をあげたに違いありません。しかしこれは紛れもなく現実に起こっていることなのです。

おそらく21世紀の歴史に深い爪あとを残すであろうこの事件について、今その瞬間にいる自分が感じた事をちゃんと日記に書き留めておこうと思ったのですが、正直何も書くことができなくなってしまいました。政治の事にも経済の事にも軍事の事にも全く関心なくすごしてきた僕が、まるで世界の将来を憂いているようなことを書くのもなんだかそらぞらしいですし、せいぜい新聞の社説かテレビの評論家の受け売りのようになってしまうのがオチですからね。

何かの事件に対して、個人がそれをどう捕らえるかは結局はそれがどれほど自分の身近なレベルの感情を喚起するかということだと思うのです。例えば一部の人にとってはテロのニュースなんかより台風の接近や明日締め切りのレポートを書くことのほうがよほど重要な問題でしょうし、それはそうあってしかるべきです。そのレベルを超えて騒いで見せたところで空虚な文章になってしまうだけのような気がするのです。しかしそれでもなお湧き上がるこの感情はなんでしょうか。この事件はもはや理性的な判断や打算を越えた、国家やら宗教やらを超えた、同情や共感なんてものを越えた、もっと感情の根源的なレベルで僕の心を揺さぶってやまないのです。

かつて絵葉書に切り取られたあれほど美しいニューヨークの街並みが恐ろしい黒煙の中に埋もれていく様子をまざまざと見せ付けられて、僕が子供の頃から守りつづけてきた大切な価値観が1つ崩壊していく音を聞きました。
2001年9月18日(火) テロより怖い一言
今日、追手門大学の講義のレジュメを作るために新京極のSubwayの2階でコーヒー一杯で粘りながら、2時間ほど作業をしておりました。窓際のカウンター席を占領していたのですが、ちょうど後ろの席に若い兄ちゃんたちが3人ほどやってきて、座ってなにやら話しています。なにぶん真後ろの席なので聞く気はなくてもよく話し声が聞こえてくるのです。

そのうち1人がなにやらちょっと悩み事があるらしくて、それを言おうかどうしようか迷っている模様。どうやら彼女となんかあったらしいのです。まあ世界がこんな大変な状況にあるときに彼女の事で悩めるなんて日本はある意味幸せな国かもね、全く平和ボケしやがって、というちょっと冷めた感じで僕はその会話を聞いていたわけです(なんて大人なんでしょう!)。でも次に彼の口からでた言葉はなかなか衝撃的でした。

「俺の彼女さ、、、××がこないみたいなんだよ・・・」

はい、もうこの瞬間完全に僕の作業をする手は止まってしまいましたね。おもわずちょっと振り向いちゃったもん。うん、それならしょうがない。いま彼の前にはアメリカのテロ事件も経済不況よりも遥かに重大な危機が立ちはだかっているわけです。おそらく寝ても覚めても、食べる時も、歩いている時も、今そこでそうして友達と話しているときもその心配ばかりが頭の中でぐるぐるとまわっているのです。うーん、なんとなく分かるぞ、その気持ち。

しばらく彼らはその話題で持ちきりだったのですが、どこでいくらで手術できるとかそういう具体的な話で盛り上がっていたので耳ダンボ状態で聞き入ってしまいました。

いや、でもやっぱり人間ってそういうものかも。どんなに他人の不幸に同情しても、それが本当に自分の身近なレベルで関わってこない限り、どっかで対岸の火事のようにしか見ていないところがあるんですよね。現に僕は今僕の真後ろに座っている男の身に降りかかっている不幸にすら、同情はしても、どこかで自分のことではなくてよかったという安心感すら持ちながら、興味本位で聞き耳を立てているわけですから。

世間では株価が急落しているらしいですね。でも僕たちにとってそれより大切なのはちゃんと避妊をすることです。はい。
2001年9月20日(木) ついてない日
これは先週の話なのですが、追手門大学の講義の初日の話です。講義は10時10分から始まるので朝は(僕にとっては)かなり早起きしなければなりません。で、目覚ましのアラームを7時にかけて寝たのですが、何故か朝、携帯の音で目が覚めました。何気なく時計を見ると、、9時01分、、、。

あの、1つ弁解しておきたいのですがどうせ池田のことだから遅刻なんて日常茶飯事なんだろうと思われるかもしれませんが、実は僕は時間に関してはかなりしっかりした性格なのです。待ち合わせの時間に遅れたことも、寝過ごしたという経験もほとんどありません。特に派遣されていく仕事において遅刻というものは許されませんからね。

だから僕はそのときかなり動揺してしまったのです。まあ大切な時間に寝過ごした経験のある人なる少なからず分かるでしょう。まずしばらく状況が理解できません。まず10秒ほど呆然とします。そしてその状況が理解できた瞬間、まず間違いなく

パニックに陥ります

パニックになった時の人間の行動って面白いね。いろんな事をやろうと動き回るのですが結局何一つやっていないのです。僕も5分くらい全く意味不明なことを口走りながら意味もなく部屋の中をうろうろ周ってしまいました。

しかしこれではいけないと何とか冷静さを取り戻しました。まず今の時間から授業の時間に間に合う事は可能か?正直かなり微妙です。茨木駅発の9時30分のシャトルバスにはまず乗れませんが、タクシーを使えばまだ間に合わない時間ではありません。しかしそれには一刻も早く家を出なければなりません。必要なものは?とりあえず服さえ着替えれば授業はできる。慌てて顔を洗い、仕事の服を来て、かばんをつかみ、部屋を出たのが9時10分。阪急河原町駅にはもちろんダッシュです。

まずここで最初の不運。改札をくぐり、ホームに下りたときにはすでに特急は出発した直後。19分発まで特急はありません。時刻表を確認するとこの電車で茨木駅に到着するのは9時45分くらい。ますます微妙なところになってきました。まあ、でもこの辺りから少しずつ余裕も出来てきました。ここで慌てても茨木駅につくまでは僕にはどうしようもないですからね。

しかし2つ目の不運は茨木駅に着いてから待っていました。タクシー乗り場に走ったのですが、そこで待っていたタクシーはたったの一台。しかも僕とほぼ同時に反対の方向からやってきたおじさんが先に到着してそのタクシーに乗ってしまったのです。そのあとは待てども待てどもタクシーは来ず。時間だけが残酷に過ぎていきます。このとき時間9時50分

ようやくタクシーを拾えたのがなんと9時55分。しかし、世にも恐るべし最後の不運はここに待っていました。タクシーに乗って行き先を運転手に告げたのですが、そのタクシーがなかなかスピードを上げようとしません。というより正直運転がかなり下手なのです。信号が黄色でも停止するし、車との狭い間隔も通過できないで立ち往生。そのときタクシーの運転手が身の毛も凍る一言を言ったのです。

「ごめんなさいね、私、臆病者なんですよ。つくづくタクシーの運転手に向いていないと思っているんですけど」

はい、完全死亡です。僕の顔にちびまるこちゃんのどよーんという縦線が間違いなく5本以上入ったと思います。内気な運転手がいてもいいのです。タクシーが安全運転するのもいいことなんです。でもね、でもね、、

よりにもよってこんなタイミングでめぐり合わなくてもいいのに・・・(神様)

結局道がすいていたのが幸いしました。大学に到着したのはなんと10時09分。なんとかセーフで、面目は保たれました。しかしなんで最近こんなネタだらけの人生なんでしょう。

僕には1つだけ疑問があります。目覚ましがどうして鳴らなかったのかというのもさておき、あの絶妙のタイミングで僕にかかってきた非通知の電話の相手は一体誰だったのでしょうか?
2001年9月21日(金) 3.14の先にあるもの
そうそう、河合塾の生徒からちょっと小耳にはさんだのですが
「今年から小学校では円周率を3と教えるようになった。」
らしいのです。

円周率といえばもう誰もがおなじみの3.14というやつ。円の直径と円周の比を表す数で正確には3.141592・・・とどこまで行っても終わりがありません。おそらく子供たちがはじめてお目にかかる"無理数"というなんとも不思議な数なのです。これを小学生が3と習うようになったとすれば結構大事件です。まあ噂を鵜呑みにするわけにもいかないので早速インターネットで調べてみる事にしました。で、調べてみるとこの話題に関することが出てくるわ、出てくるわ。数学者や教員や一般の人も巻き込んで「円周率3論争」がいたるところで繰り広げられています。これにはちょっとびっくり。

分かった事を簡単に説明すると、事の発端は今年の3月、かの有名な「めざましテレビ」の中で「今年の小学校の指導要領によると円周率は3で教えなければならなくなったらしい」という報道がなされました。もちろんそれは文部省の掲げる"ゆとり教育"の一環であり、小数点2位以下の計算をなるべく避けるようにという方針からでたものなのです。もちろんそれに対しては"学力低下"の問題とも相まってかなりの論争が巻き起こりました。

で、ですね、結果的にいうと実はこの報道、

まったくの誤報

だったのです。学習指導要領には「円周率は3で計算するような配慮をしてもよい」という主旨の事が書かれていただけのことで(実際これは何年も前から書かれている)、それが曲解されて先のような報道になってしまったという次第。ちなみにちゃんと現在の教科書にも円周率は3.14と書かれているとのことです。

ただ、ひょんなことから巻き起こったこの円周率論争自体はなかなか興味深いものだと僕は思います。果たして円周率を3と教えることは良い事なのか、悪い事なのか。大体円周率なんてものは中学生になったらすぐにπと書くように習うんだし、大切なのは"円の直径と円周の間には一定の比が成り立っている。それを円周率というんだよ"ということを理解させることなのです。ですから計算の上でそれが3であろうと3.14であろうと重要な事ではありません。そういう観点から円周率を3とするという考え方は不必要に複雑な計算を避けるという点では理にかなっているともいえます。僕が小学校ではじめて円周率を習った時を思い出しても、円周率と聞くとつい顔をしかめたくなる苦い思いがしたものです。今まで物の長さや面積はきちんときれいな数で計算できていたのに、円が出てくると突然この魔の小数が登場して計算が恐ろしくややこしくなってしまうからです。どんなにかもっと簡単な数字であればいいのにと思ったことでしょう。

でもそれと同時にこの"さんてんいちよん"は小学生にとってもある種の神秘さを秘めた数でもあったわけです。何故目に見えている長さがきちんとした数字で表せないのだろう、無限に続いていく数字って一体なんなんだろう。誰もが自然に持つこの疑問に小学校の教科書は一切答えてくれません。大げさに言えば小学生がはじめて算数というものに不信感を抱くきっかけかもしれません。でもその不信感は実はとても大切なことなのです。

円周率、その無限に続く数字の先は小学生にとっては深すぎて見えないかもしれませんが、それは間違いなく数学の本質的な部分につながっています。小学生がうんざりするような計算の中に漂う本物の香りを感じる事ができるなら、複雑な計算も決して無意味なものではないかもしれません。
2001年9月24日(月) ナショナリズムってなんだろう
映画「サウンドオブミュージック」の印象的な1シーン。満員の劇場で大佐が観客に向かって語りかけます。

「私はもうすぐこの国を離れます。今から歌うのはラブソングです。どうかみなさんもその愛を、、決して死なせないでください。」

ここで歌うのがあの名曲「エーデルワイス」です。オーストリア併合で祖国がナチの支配下におかれようとしている時代。この歌は大佐の祖国オーストリアに対するラブソングであるわけです。何度見ても心を打たれる名シーンです。

このシーンが単純に僕たちの胸を打つのは、ここに現れているのが最も純粋な意味でのナショナリズムであるからです。ナショナリズムという言葉は様々な思想の中で様々な使われ方をするものなのですが、その根源にある「自分の国を愛する気持ち」というのは世界の全ての人が共通して持っているものだと思うのです。なぜなら国というのは個人が経済的、文化的な生活を送る上で最も重要な単位であり、それは祖先が長い年月の中で作り上げてきたその国の歴史の上に存在しているからなのです。しかしこのナショナリズムを本当に国民が自覚するのは、他国との"争い"という状況の中だというのは少し皮肉な事ですね。

日ごろどんなに日本という国に対して不満ばかり並べている人だって、サッカーのワールドカップやオリンピックなどでは自分の国の選手を必死になって応援するでしょうし、野茂やイチローが活躍すれば胸のすくような思いを感じるものです。これだっていわば争いの中でナショナリズムが目覚める典型的な例でしょう。そして今アメリカで星条旗を買い求める人が急増しているのも、まさしく"戦争"という状況の中でアメリカ国民の中で今までにないほどのナショナリズムが高揚してきていることを示しています。

このような感情を僕は決して否定しようと思いませんし、むしろ尊重するべきものだと思います。しかし時にこのような純粋なナショナリズムが指導者によって利用され、捻じ曲げられた思想に発展してきた20世紀の歴史を顧みる時、やはり複雑な気持ちにもなってしまいます。
2001年9月29日(土) 映画
最近アメリカのクラシック映画をむさぼるように見ています。

「My Fair Lady」「The Sound of Music」「West Side Story」といった有名どころのミュージカル映画は3回ずつくらい見直してしまったし、チャップリンの長編映画もかたっぱしから見ています。古きよき時代のハリウッド映画は何度見ても本当に素晴らしいです。

あらゆる分野のパフォーマンスにたずさわる人がチャップリンを絶賛する気持ちが改めてよく分かったな。演技ももちろん一級品なのですが、そのアイデアや構成が感動ものなんですよ。さりげなく見えて全てが計算されている演出の妙には寒気を覚えるほどです。

映画とか、音楽とか以前は何も感じなかったものが、年を重ねて改めて見てその素晴らしさを実感するという事って結構ありますね。不思議なものです。感性というのはよくも悪くも変わっていくものなんですね。同じように最近自分がパフォーマンスに求めるものがどんどん変わってきているんですよね。いろんな事を勉強して、いろんなことを吸収したいという欲求が満ちてきています。実はこっそりいろんなことを始めてるんだけどね。でもしばらくは内緒。

来年のドーナツライブとか楽しみだな。
2001年9月30日(日) プロ野球
今日は長嶋監督の監督の引退式みたいなんで日本テレビは大騒ぎしてます。そもそも昔からプロ野球に全く興味のない僕にはどうでもいいことで、そんなことより高橋尚子の世界新記録とかイチローの記録の方がもっと大々的な事件だと思ったりしてるんだけどね。

今日のニュースを見ていて僕が日本のプロ野球の不信感をさらに強めたのがダイエーのローズ選手に対する敬遠。ローズ選手があと一本で王選手の本塁打記録を抜こうという状況でダイエーが明らかに必要のないところでローズ選手を敬遠するような投球をしているのです。試合後のコーチか誰かのコメントがまたむかつきます。

「ローズは外国に帰ってしまう選手だし、目の前で王監督の記録を抜かれるのはつらい。」

これはダイエーのファンであろうと激怒するべきコメントじゃない?少なくともこのコーチは間違いなく野球というスポーツを愛してはいない。そりゃ王さんの記録と言えば僕でも子供の頃から知っている大記録ですよ。でもそれが塗り替えられる瞬間というのも野球ファンなら誰もが待ちわびている歴史的な瞬間ではないのかい?もう勝敗も決まった今の時期、球場に来ている大多数の観客はその瞬間を見たいと願っているはずなのです。

もしこんなコメントがまかり通ってしまうなら間違いなく日本のプロ野球は衰退の一途でしょう。まあ僕はそんなに思い入れはないので別にいいんだけどね。

海の向こうでも本塁打記録が生まれようとしているみたいです。30歳をこえて大記録を打ち立てようとしている選手に敵味方の区別なく大声援を送り、正々堂々と勝負を挑んでいる姿に、野球を文化として愛する心のゆとりと、真のスポーツのあり方を見てしまうのは僕だけではないでしょう。
yosuke@juggling-donuts.org
 
 
 

Akiary v.0.42