池田洋介日記帳
バックナンバー

2001年6月2日(土) 
最近もう夏が始まったみたいな天候ですね。昼間に通りを自転車で走っていると日光がアスファルトの道路を焼くような夏独特の匂いが感じられます。まだ梅雨はこれからなんだけど、これから始まる夏を思うと今からなんだかわくわくしてきますね。

夏の夜って結構好きです。高校の友達と夏はキャンプによく行くのですが、夜遅くまで皆で集まっていろんな話をしている空間ってすごくいいですよね。なんかそういう雰囲気では普段できないような話とかができてしまいそうで。

今日の大文字山登山もなかなかよかったです。夜の大文字山は2年ぶりくらい。今日のメンバーは池田、田久、さとみ、よしこ。これまた異色な取り合わせ。4人でお酒を飲みながらいろんな話をしたんだけど、さとみさんがスターになりそこなった話とか面白かったです(うん、さとみさんご安心を、この話は今日のメンバーだけの秘密にしておくからね)。

みんな、土曜日の例会のあとは山のぼりをするぞ!
2001年6月6日(水) Fire a hole
最近日記に書くネタが思い浮かばないな。いや、日ごろ思っていることとか書きたいことはないわけではないのだけど、何かそれを書くようなきっかけがないと書く気になれないのだな。

まあ今日は例の河合塾のフェローの日だったので英語の話題を少々。塾のテキストに
He fired a hole through the window.
という英文があったのだけど、この日本語訳が
"彼は鉄砲を撃って窓に穴をあけた"

これを見てふと疑問。hole(穴)というのはfire(発砲する)という動詞の目的語なんだから意味は"穴に発砲した"となるべきではなかろうか?どうして"発砲して(その結果)穴があいた"という意味になってしまうんだろう、、、と。これは文法書を調べて納得したのですがfireのように通常自動詞で使われる動詞が目的語を伴って他動詞として使われる場合、目的語が例文のように動作の結果を表す事があるとのこと。ふーん、なるほど。

とここまで調べてふと気付いた事。よく考えればそんなことは日本語でも頻繁にあることではないか。例えば

「ご飯を炊く」「湯を沸かす」

なんていう表現は全部目的語が動詞の結果を表してますよね。「(米を)炊いてその結果ご飯になる」「(水を)沸かしてその結果湯になる」ってこと。うーん、なんかこんな発見をすると嬉しくなってしまいます。

皆さんに宿題。このような日本語の表現を他にも見つけてみましょう。
2001年6月8日(金) 勘違い
今日益田さんと話していて、唐突に
「池田さんって確か27ですよね。」
って聞かれました。おいちょっと待て、この自称"はたち"に向かってなんてことを言い出すんだと思って訂正しようとしたら
「あれ、26.5でしたっけ?」

んんん??".5"ってなんだ??やっぱり演劇とかしている人はものの言い方が独特なのかな?でもここはビシッと訂正しておかなければ。

「あの僕、25なんですけど、、、」

益田さんはそれを聞いて一瞬ビックリしたような表情。おいおい、そんなに意外なんかい!、、、とこのときまで僕はこの会話が全くかみ合っていない事に気付いていなかったのですね。

「池田さん、、、靴のサイズの話ですよ(笑)」


ひょえーーー

まあ、僕もついに靴のサイズと混同するくらいの年齢になってしまったということか、、。そんなこんなで益田さんからバレーシューズを頂き、ダンスのレッスンもなかなか熱くなっています。体を動かすのは楽しいですよ。
2001年6月10日(日) コンフェデレーションズカップ
いやスポーツなんて全く興味のない僕でさえ、日本がサッカーの世界大会の決勝に進出なんてなると思わずテレビにかじりついてしまうんですね。かなり熱くなりながら試合を見ていました。うーん、日本残念だったね。まあ素人目から見ても実力差は歴然だったのですが、一つ一つのプレーには思わず声をあげてしまうような光るものもありました。おもしろかったです。

ただ、僕が1つだけ??に思ったことがあったのですが、試合の最初に選手、客席全員が「黙祷」をやったでしょ。例の池田市の小学校の犠牲者の冥福を祈るためのものだったらしいのですが、何故サッカーの国際大会、しかも大事な決勝のキックオフの前にそれをする必要があったのかと僕は疑問なのです。

もちろんこれはとても痛ましい事件であるし、犠牲となった幼い子どもたちの中にはサッカーのプロを目指していた人もいるとか。そのことには心から同情します。でもそれはそれ。サッカーの国際大会には何の関係もないことでしょう。しかも選手たちにとっては目の前にあるのは優勝がかかった大切な試合。他の事なんて一切忘れてそれに集中しなければならない瞬間のはずです。実際あの瞬間に選手の中にその事件のことを真剣に考えて黙祷を捧げていた人がいるのか?いや、絶対いないと思うな。絶対直後に始まる試合のことにすべての意識を集中しているはず。そうじゃなきゃ勝てないもん。それがプロというものだもん。

選手は全力を尽くしてプレーをして、それが結果として犠牲者への追悼となり、遺族への慰めになる。それで十分じゃないですか。あの黙祷が単なる形だけのパフォーマンスに見えてしまうのは僕だけでしょうか?
2001年6月12日(火) possibleの意味
英会話のニュアンスはなかなか難しいという話

月曜日にワークショップのために来日していたキッドサマーズがドーナツの練習に遊びにきました。キッドサマーズとは2年ぶりの再開です。思えば松浦さんや岡田さん、中野さんに初めて出会いこのサークルをつくるきっかけとなったのも、中嶋さんを始めとする東京のジャグラーに初めて会ったのも、キットサマーズのワークショップのときなんですね。

いろいろしゃべっていたのですが彼は自分で編集した秘蔵ジャグリングビデオを持ってきていて、それを是非ダビングさせて欲しいという話になりました。そのためには僕は自分の家にそのビデオを持ち帰らなければなりません。でも彼は次の日の朝9時には京都を発つことになっていたので、"それまでには絶対に返して欲しい"といいました。それが可能かと聞かれたので僕は

「Yes , it is possible for me」

と答えたのですね。思いっきり中学英語でしょ。
「It is possible for me to read the book(私はその本が読めます)」
というお馴染みの構文です。

でもですね、こういうと彼は少し不安な顔になって"本当にできるのか?絶対に(definitely)返してくれないと困るのだ"と念を押し始めました。僕もなんでそんなに念を押すのか分からずに「それは可能(possible)だ。」といっているのですが、どうも信用してくれません。

結局ビデオを借りる事はできて、ちゃんと返却もしたのですが、このやり取りがどうも気になって後で辞書を調べてみました。それでようやくこのときの彼の不安の原因がわかりました。中学校から"possible"=「可能」と教わってきたのですが、実はこれは正確ではなくて、ここでの可能には[可能性はあるけど確実ではないよ]というニュアンスが含まれてしまうのです。辞書の例文を挙げると

It is possible that he made such a mistake(彼がそんな間違いをするのは考えられなくはない)
a possible but difficult job(可能だが難しい仕事)

つまり100%起こることが確実な事柄にpossibleという言葉を使ってはいけないのです。だから僕が「It is possible」といったのは彼にとっては「ひょっとしたらできるかもね」というニュアンスで受け取られてしまっていたということなんですね。彼が不安になってしまうのも当然ということです。

でも実際にネイティブとしゃべるのはこういうことが再発見できていろいろと刺激になります。



2001年6月16日(土) 蛍の恋愛論
京都では蛍が水辺に集まる季節になったようです。

蛍と聞くと僕はある都々逸(どどいつ)を思い出すんだな。都々逸というのは7775のリズムの歌のこと。ふふ、文学的でしょう。ずっと前に村川さんに教えてもらったものなんだけどね。

恋に憧(こ)がれて 鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が 身を焦がす

何回読んでも気持ちいいリズムが好きです。好きだ、好きだってうるさく鳴く蝉よりも、鳴かずにじっと耐えている蛍が本当は激しい情熱を内に秘めてるんだって。ここに表現されている耐え忍ぶ恋、僕なんかはジーンと共感を感じてしまうのですがちょっと古臭い人間かもね。

今の世の中ちょっとでも好きになったらすぐに告白しちゃえ!っていう時代でしょ。ドラマだってTVのバレエティーだって恋は告白しなけりゃ完結しないことになっています。正直僕はこれがいまいち苦手なんだな。で、つきあってみたらお互いの嫌なところが見えてきちゃってほんの少しではい、さようならになっちゃう。人を好きになる事ってそんなに軽いもの?ってまあ、こんな事を言っている時点で時代遅れの人間であるのは百も承知なのですが。

何も言わずとも分かり合える気持ちがあってもいい。時に静かに耐え、相手の気持ちを察してそっと身を引く、そんな恋があってもいい。刹那的な幸福を追い求めているよりずっと充実した人生かもしれないね。こんな耐え忍ぶ事に美を感じた日本人の感性を僕はすごいと思うのだな。

最近は日本では蛍が減ってきているみたいです。そんなところに日本人の美意識の変化を重ね合わせて少ししみじみとしてしまいます。
2001年6月21日(木) 母校へ
今日は久々に母校である膳所高校へ行ってきました。

僕が在学中にお世話になった青谷先生という人がいて、その人に今度の学園祭(湖風祭)で何か芸をしてくれと頼まれてしまったからです。もちろんギャラなしだったのですが、楽しそうだったので2つ返事でOK!今日はその打ち合わせというわけです。

僕がこの高校を卒業したのは8年前。でも驚いたのは8年経ってもほとんど変わっていないんですね。職員室の雰囲気とか、校舎の廃れ具合とか。ものすごく懐かしく当時を思い出してしまいました。やはり母校というのはいいものです。

もちろん変わってしまったものもあるんだけどね。例えば公立高校だから僕がいた頃の先生は転勤でほとんどいなくなっていました。ちょっと寂しかったのは、校舎に入るのに事務局で許可証をもらい、それを身につけていなくてはならなくなったこと。どうやら先の事件からチェック体制を強化しているということらしいです。昔は顔パスだったのにな。

岡本さんや馬場さんのことを聞いてみたらちゃんと覚えていましたよ。青谷先生曰く2人とも最もドンくさいタイプの人間であると断言していました。そんな2人がジャグリングをしているというのは考えただけでも面白いので、是非当日は2人を連れてくるようにという命令です。

湖風祭スペシャルステージは7月10日(火)13:00〜です。
何人連れてきてもいいみたいなので暇な人は一緒にいきましょう!!
2001年6月22日(金) 
まだちょっと早いんだけどさあ、今日京都駅の天井に電球で作られた天の川があるのを見て、もうすぐ七夕なんだなって思い出しました。よく考えたら七夕にまつわる思い出っていうのは僕にはほとんどないんだよな。子供の頃はささの葉に短冊をつるしたりした記憶はあるのですが、もう最近ではほとんど認識しないままいつの間にか過ぎてしまう行事になってしまいました。

子供の頃、滋賀県の信楽町というすごい田舎で育ちました。そこはものすごく星がきれいなところなんです。昔、家の近くにテントを張ってそこで泊まったことがあるんですね。真夜中にテントの入り口から顔を出して寝転んで空を見上げたんだけど、その時の満天の星空は今でも鮮明に頭に浮かんできます。言葉を無くしました。「宝石箱をひっくり返したよう」っていう決まり文句はまさにこれを表現するためにある言葉だと思った。周りは電灯なんて1つもない真っ暗な空間、そんな中では普段は見れないような小さなきらめきまで感じる事ができます。空にこんなにたくさんの星があったなんて信じられないくらい。夜の闇の怖さなんて吹っ飛んで、長い間ずっと空を見上げてたんです。

今日は京都駅で1人で30分くらいボーと天井を見上げてそんなことを思い出してたんですね。これは僕の悪い夢想病でして、どうも何かを考えている時は完全に外の世界とのコネクションをシャットアウトしてしまっているようです。あまりにボーっとしてたからすぐ近くに佐々原や益田さんがいるのに全く気付きませんでした。うん、でもなんかすごく気持ちのいい体験だったぞ。

後で益田さんと話したらね、益田さんも僕が感じたのと同じような事を感じていたらしくてちょっと嬉しくなりました。思わず話し込んじゃった。

久しぶりに星を見たくなったな
2001年6月24日(日) ハッピーエンディング
今日「ラブストーリー」の最終回を見てしまいました。恋する不器用な2人が最終的に結ばれるありふれたストーリーだったけど、台詞回しとかにしびれるところがあって、なかなかよかったよ。

ドラマには俗にいうハッピーエンディングのものとそうでないものがあるのですが、皆さんはどっちが好きですか?僕は圧倒的に悲しい結末が好きだな。まあ、それは人それぞれだからいいんだけど、ここで僕はそもそもどうして恋が成就する事がハッピーエンディングなのかと問いたいわけです。例えば有名なアラジンの話を例に取りましょう。アラジンは貧しいけれども心の優しい青年で大冒険の末、国のお姫様と結婚して王様になるのです。まさに絵に描いたようなハッピーエンディング。でもさ、誰もその後のことって想像しないよね。そんな育ちの違う2人が本当にうまくいくのか?最初の頃はいいけど、だんだんギャップを感じ出すんじゃないかな。アラジンは冒険が大好きなのに1国の王だから部屋から出してもらえなくなってストレスもたまってくるの。それでお酒におぼれてしまってお姫様に八つ当たり。子どもなんてできたらもっと大変だね。お姫様は高貴な育ちだから子どもも上品に育てようとするんだけど、アラジンはそれには反対で毎日夫婦喧嘩してたりしてね。ほーら、これのどこがハッピー?

それに比べて悲しい結末のいいところは、思い出というものは永遠にきれいな状態で(そして多少美化されながら)残るって言う事。タイタニックの物語でローズとジャックは最終的に結ばれる事はなかったんだけど、ローズはジャックの思い出をずっと持ったままその後の人生を全うしたんだな。若き日の、自分が最も愛した人の面影を永遠に記憶にとどめておけるなんてある意味すごく幸せな事だと思うな。もしジャックが生きてローズと結婚する事ができていたら、あの物語はあれほどまでに美しいものにはならなかったはずなのです。

逆説的なことだけど、人は安定した幸福を求めてはいるのに、その幸福がありふれた日常になってしまうことを実は恐れているのだはないかという気がします。本当はそれこそが一番大切な事なのにね。
2001年6月27日(水) 名は体を、、
<差別的名称>生物名でも追放、「標準和名」改名の動き(毎日新聞)

いやいや、これかなりヒットでした。ここ最近で目にした一番面白いニュースだったね。記事によると今で考えると差別的とも取れる名前を付けられた昆虫や動植物がいるらしくてそれを見直そうという動きが広まっているらしいです。例えば「メクラカメムシ」、「バカジャコ」、「メクラウナギ」などね。まあ昆虫や動植物まで人権(?)を配慮してくれるんだから、いい世の中になったものだと思うのですが、笑ったのは記事の最後のこの一文。
名称変更について反対意見もある。洞くつに生息するメクラチビゴミムシを研究する上野俊一・国立科学博物館名誉研究員は「実際の差別と言葉は無関係。標準和名は学名に対応しており、変えると混乱を招く」と話し、今後もメクラチビゴミムシの改名はしない方針という。

メクラチビゴミムシ!!!!!!\( ̄▽ ̄;)

わはははははははははははは

あー、涙でそう。一瞬ギャグかと思った。久々の顔文字登場ですよ。しかしここまでぼろくそにいわれている生物もおらんやろうね。言いも言われたり、3連発。そら名前変えたらなあかんわ、、と思いきや「改名しない方針」ですから。もうこれは完全にいじめですよ。

いや、でもさあそんなこと言ったらかわいそうな名前付けられているやつって世の中にたくさんいるよ。「ドクダミ」とか触っただけで死にそうやし、「尿素」とかに至っては純粋な元素なのに排泄物扱いですよ。日本史に出てきた「悪党」とかもかわいそうやったね。もうどう考えても悪者やん。テストで「悪党の意味を説明しなさい」って言う問題がでたら絶対3割くらいに「悪い連中」とか書かれるからね。いや、ホント彼らにこそ人権を与えてあげてください(笑)。

名は体を表すといいいますが、名前に負けず明るく強く育って欲しいものです。

最後に星野富弘さんの詩集から、うる覚えなので詳細は違うかも
(※6月29日:ちゃんと調べたので訂正)
花の名前を 知らないそのことが
今朝は ばかに嬉しい
花だって たぶん
自分に付けられている 名前を 知らないで咲いている
2001年6月28日(木) Each Other
高校に電車で2時間かけて通っていた頃、ウォークマンで音楽をよく聴いていました。当時はCDなんて買うお金もなく、友達からテープでダビングさせてもらったものなので、歌詞カードもない、曲名も分からないようなメロディーを何度も繰り返し聴いたものです。その時よく聞いていた槙原の曲に僕が今でも大好きなものがあります。

歌詞は今でも暗誦できるくらい覚えているのですが、その曲名がずっと分からずにいたんですね。カラオケでも探すんだけどアルバムの中の1曲で、あまり有名でもないらしくどこにいっても見つかりません。でも最近はインターネットの世の中。歌詞をちょっと入力したら長年の疑問があっさり解決してしまいました。本当に便利な時代です。

で、その曲名が題名の「Each Other」。ホント、歌詞を全部ここに書いてみたいくらいいい歌なんですよ。駅のホームで昔の彼女に再会する歌。彼女は自分に手を振るんだけど、自分は振り返すことができずに電車に乗ってしまいます。うーん、切ないね。その時の2人の関係を見事に表現しているこの一節

加速度を上げて、君と僕は離れていく

さあ、しみじみ語ってしまいましたが、今日の本題はこれからの突っ込みモードなんだな。ずーと前から気にかかっていたのですが、この歌詞は少し変です。もしこの歌詞どおりなら、電車がゆっくり2人の距離を引き離していくこの切ないシーンがちょっと台無しになってしまうのです。

説明しましょう。だってニュートン力学によれば力は加速度に比例するんだから、電車が一定の力で速度を増している場合加速度が一定、いわゆる等加速度運動になるはず。もしこの歌詞のように電車が加速度を上げながら運動している(つまり等加加速度運動)とすると、どんどん中にいる人が受ける力は増大して、間違いなく1人も電車の中には立っていられないですよ。彼女を悠長に見ている暇なんてありゃしないです。でしょ。だから物理的には

速度を上げて、君と僕は離れていく
または
加速度を一定にして、君と僕は離れていく

というのが正解です、はい。

まあ、なーんて、身も蓋もなく突っ込んではみたもののやっぱり大好きな歌だな。
そう思い出なんて
時がたつほど本当以上に
美しく心に残るから
人は惑わされる

ほんと、そうなんだよ。
yosuke@juggling-donuts.org
 
 
 

Akiary v.0.42